東武20000系の逸話:日比谷線直通の主役から北関東の救世主へ!技術者たちが繋いだ不屈のドラマ

※車両画像はイメージです。実車両とは異なることがあります。

東武20000系の逸話:日比谷線直通の主役から北関東の救世主へ!技術者たちが繋いだ不屈のドラマ

東京の地下を颯爽と駆け抜け、東武スカイツリーライン(伊勢崎線)から東京メトロ日比谷線へと私たちを運んでくれた、あのシャープなシルバーの電車。
毎日の通勤や通学で、「本当にお世話になった!」という方も多いのではないでしょうか?

そう、今回主役としてスポットライトを当てるのは、東武鉄道の名車「東武20000系」です!

この東武20000系は、ただの通勤電車ではないんですよ。

実は、当時の技術者さんたちが知恵を絞り、激しい混雑緩和という大きな壁に立ち向かった「情熱の結晶」でもあるんです。

この記事では、東武20000系がなぜ開発され、どのようなドラマを経て活躍し、そして日比谷線直通から引退した今、どこで新たな人生を送っているのかを余すことなくご紹介します!

この記事を読み終える頃には、何気なく見ていたあの車両が、きっと愛おしくてたまらなくなっているはずですよ。

朝のラッシュを支えたシルバーメタリックのヒーロー

まずは、かつて日比谷線直通として走り抜けた、あの勇姿を思い出してみましょう!

東武20000系がデビューしたのは、日本中がバブル景気に沸き立っていた1988年のことです。 当時の通勤ラッシュは今では想像もつかないほど激しく、まさに「通勤地獄」と呼ばれるほどの過酷さだったんですよ。

そんな中、スマートなステンレスの車体に、東武鉄道伝統のロイヤルマルーン(赤紫色)の帯を巻いて登場した20000系は、沿線の乗客にとってまさに「新しい時代の救世主」でした。

地下鉄に直通するためにコンパクトに設計された車体でありながら、最新の技術と工夫がこれでもかと詰め込まれていたんです。 まずは、当時の現役時代の懐かしい姿を、こちらの映像で振り返ってみましょう!

映像を見ると、あの独特な走行音や、ステンレス車体に反射する地下鉄ホームの光が蘇ってきますよね!

このスマートな車両が、一体どのような理由で誕生することになったのか、その歴史の1ページを紐解いていきましょう。

なぜ18mの3ドア車が必要だったの?誕生の裏に隠された東武線の深刻な課題

東武20000系が開発された最大の理由は、初代の日比谷線直通車両である「東武2000系」の老朽化でした。

2000系は昭和30年代から活躍していた名車でしたが、冷房が付いておらず、夏の車内は蒸し風呂のようだったそうです。 昭和の終わりに向けて、乗客からは「冷房付きの新車を!」という強い要望が寄せられていたんですね。

しかし、新車の開発には、日比谷線ならではの「極めて厳しい制約」が立ち塞がっていました。 それが、「18m級車体・3ドア・8両固定編成」という、日比谷線直通の独自規格です。

「え?普通の通勤電車って、20mの長さで4つのドアがあるんじゃないの?」と思われた方も多いでしょう。

まさにその通りなんですよ! 現在、日本の多くの通勤電車は全長20mが標準ですが、日比谷線は昭和30年代に建設された歴史の古い地下鉄です。

そのため、路線内に急カーブが非常に多く、通常の20m車を入線させると、なんと車体がカーブでトンネルの壁にぶつかってしまうという恐ろしい問題があったんです!

このため、日比谷線に直通する車両は、一回り小さい「18m車」でなければなりませんでした。

しかし、当時の東武伊勢崎線沿線は、ニュータウンの開発などで人口が爆発的に増え続けていました。 つまり、技術者さんたちは、以下のような「矛盾する難問」を突きつけられていたのです。

  • 車体は18mというコンパクトなサイズに抑えなければならない
  • 一方で、押し寄せる大量の乗客を一度に、かつ快適に運ばなければならない
  • 夏の厳しい暑さに耐えるため、強力な冷房を搭載しなければならない

この無理難題をクリアするために、東武鉄道の技術者さんたちが英知を結集して開発したのが、東武20000系だったんですね! 技術者さんたちの熱い挑戦が、ここから幕を開けることになります。

技術者たちの挑戦!チョッパ制御からVVVFインバータへの進化と異端児たちの設計思想

東武20000系を語る上で欠かせないのが、製造された年代によってシステムや外観が大きく変化したことです。

この形式は、大きく分けて「20000型」「20050型」「20070型」という3つのグループが存在します。 それぞれのメカニズムには、当時の鉄道技術の進化の歴史がぎゅっと凝縮されているんですよ!

1. チョッパ制御で省エネを追求した初期の「20000型」

1988年に登場した最初のグループ(20000型)には、当時最先端だった「チョッパ制御」という技術が採用されました。 「チョッパ制御ってなに?」と思われるかもしれませんが、これは電気を「チョップ(細かく切る)」するように高速でオン・オフを繰り返すことで、モーターに流れる電流を無駄なくコントロールするシステムです。

それまでの旧型電車のように、抵抗器で電気を熱にして捨てることがないため、非常に省エネで、トンネル内の温度上昇を防ぐ効果もありました。 地下鉄を走る車両としては、まさに理想的なシステムだったんですね!

また、東武鉄道の通勤車としては珍しい全面ステンレスの車体は、軽くて錆びないため、メンテナンスの手間を劇的に減らすことに成功しました。

2. 究極の混雑緩和対策!5ドア車を導入した「20050型」

1992年に登場した「20050型」は、まさに東武20000系ファミリーの中の「超・個性派」です。

なんと、8両編成のうち、前後の2両(1号車・2号車・7号車・8号車)を「5ドア車」にしたのです!

通常は3つしかないドアを5つに増やすことで、駅での乗客の乗り降りを劇的にスピードアップさせようとしました。

これ、ものすごいアイデアですよね! さらに、この20050型からは、現代の電車の主流である「VVVFインバータ制御」が採用されました。

これは、交流モーターを最も効率よく回すことができる技術で、加速時の音が「ウィーン…」と滑らかに変化するのが特徴です。 車内にはLED式の案内表示器も設置され、一気に近代的な電車へと進化を遂げました。

3. 技術の熟成とシンプルさを極めた「20070型」

そして1997年に登場した最後のグループが「20070型」です。

この頃になると、すべての車両を3ドアに戻しつつ、制御システムをさらに進化させたVVVFインバータ制御を搭載しました。 シングルアーム式のすっきりとしたパンタグラフ(屋根の上の集電装置)を採用するなど、外観もよりスタイリッシュになったんですよ。

このように、約10年の製造期間の中で、東武20000系は技術の進歩に合わせて柔軟に姿を変えていきました。 これこそが、東武鉄道の技術者さんたちの「常により良い車両を追い求める」という執念の現れではないでしょうか?

5ドアの衝撃と現場の戦い!過酷な日比谷線直通のリアルな日常

こうして鳴り物入りでデビューした東武20000系、特に「5ドア車」を連結した20050型ですが、実際の運行現場では、想像を超えるドラマや苦労があったんですよ。

まず驚きなのが、乗客の皆さんの戸惑いです。 「今日は3ドアの電車が来るのかな?それとも5ドアのかな?」と、ホームで待つ人たちは毎朝ドキドキしていたそうです。 というのも、当時は混雑対策として、3ドア車と5ドア車が混ざってダイヤが組まれていたからなんですね。

駅のホームには、それぞれの乗車位置を示す印が複雑に描かれており、駅員さんは毎朝、マイクを片手に声を枯らして案内していました。 「次の電車は、前後の車両のドアが5つございます!足元の緑色の印でお待ちください!」 といった具合です。

駅員さんたちの必死のサポートがあってこそ、この複雑な運行が成り立っていたんですね。

また、5ドア車の車内には、驚きの仕掛けがありました。 なんと、ラッシュ時間帯には、「座席の一部を跳ね上げて、すべて立席スペースにする」という機能が付いていたんです!

「少しでも多くの人を乗せて、遅延を防ぎたい」という、運行現場の執念が感じられるエピソードですよね。

運転士さんや車掌さんにとっても、日比谷線への直通運転は非常に神経を使う仕事でした。 地下鉄線内はカーブが多く見通しが悪いため、一瞬の油断も許されません。

そんな過酷な環境の中で、東武20000系は毎日黙々と走り続け、何百万人もの通勤客の日常を支え続けたのです。 本当に頭が下がる思いですよね。

第二の人生はまさかの北関東!20400型として生まれ変わった不死鳥のDNA

長年にわたり日比谷線直通の顔として君臨してきた東武20000系ですが、時代の流れとともに、ついに別れの時がやってきます。 2020年3月27日、多くのファンに惜しまれながら、日比谷線直通運転としての運用を終了しました。

引退の理由は、日比谷線全駅への「ホームドア」の設置でした。

ホームドアを設置するためには、直通するすべての電車の長さとドアの数を完全に統一する必要があります。 その結果、日比谷線直通ルートは、新しい20m級・4ドアの新型車両(東武70000系や東京メトロ13000系)にバトンタッチすることになり、18m車の20000系は役目を終えることになったのです。

「せっかく頑丈なステンレス車体なのに、全部廃車になってしまうの…?」と、多くのファンが悲しみました。 ところが!ここから東武鉄道の技術者さんたちによる、「奇跡の大逆転劇」が始まります!

実は、20000系の一部の車両は、廃車になるどころか、驚くべき大改造を受けて生まれ変わったのです。 それが、現在栃木エリアで活躍している「東武20400型」です!

技術者さんたちは、まだ十分に使える20000系の車体を活かしつつ、以下のような劇的なリニューアルを行いました。

  • 8両編成から「4両編成」へコンパクトに短縮
  • ローカル線での「ワンマン運転」(運転士さん一人で運行するシステム)に対応する設備を新設
  • 寒冷地である栃木の冬に備え、ドアを手動で開閉できる「個別ドアボタン」を設置
  • 車内の座席や化粧板(壁紙)を一新し、新車並みにピカピカにリフレッシュ
  • 外観の帯を、青い空と実りの稲穂をイメージした「イエローとブラウン」の爽やかなカラーに変更

なんと、かつて東京の地下深く、満員電車として戦っていた車両が、今では栃木ののどかな田園風景や、日光・鬼怒川の美しい山々を背景に、第2の人生を元気に送っているんですよ! これは本当に素晴らしい再活用ですよね。

特に、元々の5ドア車のうち、使わなくなった2つのドアをきれいに埋めて3ドア化した車両などもあり、鉄道ファンからは「魔改造」と呼ばれて親しまれています。 形を変えながらも、技術者たちのこだわりと設計思想は、しっかりと次の世代へと引き継がれているんですね!

机の上で再現する「あの頃の記憶」!東武20000系を模型で楽しむ贅沢な時間

いかがでしたでしょうか? 東武20000系が歩んできた、波乱万丈のストーリー。 ただの通勤電車という枠を超えて、いかに愛され、そして大切に使われてきたかが伝わってきますよね。

「あの頃、毎日乗っていたグレーの地下鉄直通車を、もう一度手元で眺めたい!」 「栃木で元気に走る黄色の20400型を、自分の鉄道模型のコレクションに加えたい!」 そんな風に思った方も多いのではないでしょうか?

実は、東武20000系やその改造形式である20400型は、鉄道模型(Nゲージ)として大手メーカーの「マイクロエース」「グリーンマックス」などから精密な完成品が発売されているんです! 3ドアの20000型、5ドアの20050型、そしてローカル線に転じた20400型まで、それぞれの特徴が実車そっくりに再現されています。

お部屋のテーブルの上に小さなレールを敷いて、あのシルバーに輝く車体を走らせてみてください。 目を閉じれば、地下鉄日比谷線の独特なジョイント音や、北関東のさわやかな風が、いつでもあなたの目の前に蘇ります。

ぜひ、模型屋さんやネットショップで「東武20000系」を検索して、お気に入りの1編成をお手元に迎えてみてはいかがでしょうか? そして、次の週末には、生まれ変わった20400型に会いに、東武宇都宮線や日光線へお出かけしてみるのも素敵ですね! 失われし車両のドラマに思いを馳せる旅は、きっとあなたの日常を少しだけロマンチックにしてくれるはずですよ。

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