札幌市営地下鉄7000形の逸話:ゴムタイヤで北の大地を駆けた名車の知られざる開発秘話と技術者たちの挑戦

※車両画像はイメージです。実車両とは異なることがあります。

札幌市営地下鉄7000形の逸話:ゴムタイヤで北の大地を駆けた名車の知られざる開発秘話と技術者たちの挑戦

冬の札幌、澄み切った冷たい空気が肌を刺す季節。
凍えそうな体で地下鉄の階段をトントンと降りていくと、そこにはふんわりと温かい風が吹いていて、どこかホッとする安心感がありましたよね。
ホームに立っていると、トンネルの奥から「シュウウウーーー」という、普通の電車とはちょっと違う独特の走行音が聞こえてきます。

そう、それこそが今回主役としてご紹介する、札幌市営地下鉄・東豊線の初代車両「札幌市営地下鉄7000形」の足音だったんですよ!

「あぁ、あの丸っこくて優しい顔をした電車ね!」と、懐かしく思い出される方も多いのではないでしょうか?

1988年(昭和63年)の東豊線開業から、2016年(平成28年)の引退まで、およそ28年間にわたって北の大地の人々の暮らしを支え続けた大ベテランでした。
実車がすべて引退してしまった現在でも、多くの鉄道ファンや札幌市民の心の中で「東豊線といえばこの顔!」として鮮烈に記憶されています。

今回は、そんな7000形がどのようにして生まれ、どんなドラマを経て走り、そして未来へバトンを繋いだのか、技術者たちの熱いドラマとともにたっぷりとお届けしますね!

【導入】記憶を呼び起こすオレンジ色のラインとゴムタイヤの温もり

皆さんは、札幌市営地下鉄の路線ごとのイメージカラーを覚えていますか?

南北線が「緑(グリーングリーン)」、東西線が「オレンジ(ひまわり)」、そして東豊線はさわやかな「水色(スカイブルー)」なんですよね!
ですが、この東豊線を走っていた7000形は、実は車体のあちこちにどこか温かみのあるデザインが散りばめられていたんですよ。
すっきりとしたアルミニウム合金のシルバーの車体に、爽快な水色の帯、そして車内に一歩足を踏み入れると、温かみのあるオレンジ色の座席が乗客を優しく迎えてくれました。

さらに、札幌市営地下鉄の大きな最大の特徴といえば、なんと言っても「ゴムタイヤ式地下鉄(案内軌条式鉄道)」ですよね!
一般的な鉄のレールと鉄の車輪ではなく、コンクリートや鉄板の平らな道を、特殊なゴムタイヤで走るシステムなんです。

これ、初めて乗ったときはその静かさと、クッションが効いたような独特のフワフワとした乗り心地に「おぉっ!」と驚きませんでしたか?
実はこのゴムタイヤシステム、雪国である札幌市ならではの深い理由と、それに挑んだ技術者たちの並々ならぬ執念が隠されているんですよ。

東豊線の開業と同時にデビューし、激動の平成を駆け抜けた7000形。
まずは、当時の彼らがどれほど元気に、そして美しく札幌の地下を走っていたのか、その勇姿を映像で振り返ってみましょう!

映像を見ると、あの独特の加速音や、すれ違うときのどこか近未来的な雰囲気が昨日のことのように思い出されますよね。

それでは、この7000形がなぜ誕生しなければならなかったのか、当時の札幌が抱えていた交通課題という歴史の1ページをめくってみることにしましょう!

【誕生の背景】なぜ札幌に「東豊線」と「7000形」が必要だったの?

時は1980年代。
当時の札幌市は、人口が急激に増加し、まさに都市として大急成長を遂げている真っ最中でした。
すでに南北線(1971年開業)と東西線(1976年開業)という2本の地下鉄が市民の足として定着していましたが、これだけでは増え続ける人口に対応しきれなくなっていたのです。

特に、札幌市の東区や豊平区といったエリアは、バスや自家用車による路面交通が限界を迎えていました。
冬になれば、激しい雪によって道路は大渋滞になり、バスが時間通りに来ないなんていうのは日常茶飯事だったんですよ。

「冬でも遅れない、快適で安全な新しい交通機関を!」
そんな市民の切実な願いを受けて計画されたのが、栄町駅から豊水すすきの駅(のちに福住駅まで延伸)を結ぶ「東豊線(とうほうせん)」だったんです。

東豊線の建設は、地盤の硬さや既存の地下鉄・ビル群の下をくぐり抜けるという、非常に難度の高い工事の連続でした。
そんな超大プロジェクトの「主役」として、新しい時代の札幌を象徴する車両として開発されたのが、今回の主役である「札幌市営地下鉄7000形」だったんですね!

しかし、ただ新しい電車を作れば良いというわけではありませんでした。
当時の札幌市交通局には、これまでの南北線・東西線の運行で培ったノウハウを詰め込みつつ、さらに「省エネ」で「建設費を抑えられ」、なおかつ「メンテナンスがしやすい」究極の車両を作るという高いハードルが課されていたのです。

この過酷なミッションに挑んだのが、製造を担当した川崎重工業さんをはじめとする優秀な技術者たちでした。
彼らがどのようなアイデアでこの難局を乗り越えたのか、その驚きの開発秘話に迫ってみましょう!

【開発秘話】重いゴムタイヤをどう支える?技術者たちの究極の引き算

札幌の地下鉄を語るうえで避けて通れないのが、「なぜゴムタイヤなのか?」という疑問ですよね。

これには、札幌の地形と雪質が深く関係しているんですよ。
ゴムタイヤは鉄の車輪に比べて摩擦力が非常に高いため、「急な坂道でも滑らずに登り降りできる」という最大の強みを持っています。
さらに、駅に停車するときのブレーキ性能も抜群で、運行間隔を短くしてたくさんの電車を走らせる都市型地下鉄にはぴったりだったんですね。

しかし、このゴムタイヤシステムには、技術者たちを悩ませる大きな弱点がありました。
それは、車体や機器が「重くなってしまう」ことだったんです!

ゴムタイヤは、鉄車輪のように1点で巨大な重量を支えるのが難しいため、1つの車軸にたくさんのタイヤを並べたり、車両自体の重さを劇的に軽くしたりする必要がありました。
そこで、7000形を開発するにあたり、技術者たちが徹底したのが「車体の軽量化」だったんですよ。

「1キログラムでも軽く、頑丈に!」
技術者たちが目をつけたのが、当時はまだ最先端の技術だった「アルミニウム合金」による車体製造でした。
これまでの南北線の初代車両(2000形など)はスチール製でかなり頑丈でしたが、その分重かったんです。

7000形では、川崎重工業さんの高度な溶接技術を用いて、軽くて非常に強いアルミ製車体を作り上げることに成功しました。
これにより、ゴムタイヤへの負担を大幅に減らし、同時に電気代の節約にも貢献するという、一石二鳥の素晴らしい進化を遂げたのです!

さらに、エネルギーを無駄にしないための心臓部として採用されたのが、当時最新鋭の「電機子チョッパ制御」でした。
「ん?電機子チョッパってなんだか難しそうな名前だな…」と思われるかもしれませんが、安心してください、とっても簡単な仕組みなんですよ!
これは、電気の流れをスイッチのように「オン・オフ」と超高速でパチパチと切り替えることで、モーターに流れる電流量を細かくコントロールする技術なんです。

これにより、従来の抵抗器を使って熱として電気を無駄に捨てる方式に比べ、劇的な省エネを実現したんですよ!
まさに、当時の最新エレクトロニクス技術と、日本の職人技のようなものづくり精神が奇跡の融合を果たした車両だったわけですね。

【運行時の逸話】「あれ、顔が違う?」現場を支えたマイナーチェンジの謎

1988年12月2日、ついに東豊線が開業し、7000形は華々しいデビューを飾りました!
ピカピカの新しいホームに、これまたピカピカの7000形が滑り込んできたとき、集まった市民からは大きなどよめきと拍手が湧き起こったとされています。
実際に運転を開始すると、その乗り心地の良さと、静かで揺れが少ない快適さに、誰もが「新しい時代の到来」を実感したことでしょう。

しかし、この7000形、実は長年愛用される中で、いくつかの「顔の違い」があったことをご存じでしょうか?
東豊線をよく利用されていた方なら、「ん?今日の7000形はなんだか少し雰囲気が違うぞ?」と気づいたことがあるかもしれませんね。

実は、7000形は製造された時期によって、大きく分けて1次車・2次車・3次車という3つのグループが存在していたんですよ!

  • 【1次車(1987年〜1988年製造)】:東豊線開業時に用意された、まさにオリジナルのグループです。前面の行先表示器が、昔ながらのパタパタ変わる「方向幕(字幕)」式だったのが最大の特徴ですね!
  • 【2次車(1991年製造)】:混雑緩和のために少しだけ増発されたグループで、基本的な外観は1次車とほぼ同じですが、細かな内装がアップデートされていました。
  • 【3次車(1994年製造)】:豊水すすきの駅から福住駅への延伸開業に合わせて登場したグループです。ここが驚きのポイントなのですが、なんと前面の行先表示器が最初から「LED式」になっており、車内にも次の駅をお知らせする電光掲示板(LED案内表示器)が設置されたんですよ!

同じ7000形でありながら、時代の進歩に合わせて車内の設備やハイテク度が一歩ずつ進化していった歴史が感じられますよね。

ちなみに、この3次車がデビューしたことで、東豊線は一気に「ちょっと未来的な路線」として認知されるようになり、当時の沿線学生や通勤客にとって憧れの的になったというエピソードもあります。

また、運転士さんたちの間でも、7000形は非常に扱いやすく、信頼性の高い「名車」として大好評だったんですよ。
ゴムタイヤならではの強力なブレーキは、雨の日でも、あるいはどんなに満員電車になってもピタッと狙った位置に止まることができるため、運転士さんたちにとっては非常に心強いパートナーだったそうです。

起動加速度(スタート時のダッシュ力)も「3.5km/h/s」という、地下鉄としてはかなりの俊足スペックを誇っており、札幌のタフな通勤ラッシュを毎日涼しい顔で支えていたんですね!

【今に続く価値】2016年の引退と、次世代「9000形」へ託されたバトン

そんな東豊線のヒーローとして走り続けた7000形にも、少しずつ「老い」の波が忍び寄ってきました。
平成が四半世紀を過ぎる頃には、登場から25年以上が経過し、各部の老朽化や、新しいバリアフリー基準、新型の信号システム(ホームドア対応など)への対応が難しくなってきたのです。

そこで、札幌市交通局は東豊線に新型車両「9000形」を導入することを決定しました。
これに伴い、7000形は2015年から順次、その役割を終えて引退していくことになったのです。

そして運命の2016年(平成28年)6月25日
7000形のラストラン(最後の営業運転)が実施されました。

この日、東豊線のホームや沿線には、最後の勇姿を目に焼き付けようと、多くの鉄道ファンや地元の市民、さらには親子連れが数多く駆けつけました。
「ありがとう!」「お疲れ様!」という温かい言葉が飛び交う中、7000形はいつも通り、静かに、そして力強く最後の仕事を全うしたのです。

現在、7000形の実車は残念ながらすべて解体されてしまい、現役で走る姿を見ることはできません。

「えっ、もうどこにも残っていないの…?」と寂しく思った方もいるかもしれませんが、安心してください!
彼らが残した「安全に、静かに人々を運ぶ」という思想や技術、そしてあの水色のラインは、現在東豊線を走っている最新鋭の「9000形」にしっかりと受け継がれているんですよ。

9000形のすっきりとした乗り心地や、おもてなしの心を感じる車内レイアウトは、まさに7000形が28年間かけて培ってきた経験値がベースになっていると言っても過言ではありません。

【結びと提案】机の上で蘇る、あなただけの「札幌市営地下鉄東豊線」

今回は、札幌市営地下鉄東豊線の発展を支え続けた偉大な功労車、7000形をご紹介しましたがいかがでしたでしょうか?
今ではもう乗ることができない幻の車両となってしまいましたが、あの独特の「シュウウウ」という音や、オレンジ色の座席の温もりは、私たちの記憶の中で今も色鮮やかに走り続けていますよね。

「もう一度、あの頃の7000形に会いたい!」
「自分の部屋であの懐かしい東豊線を再現してみたい!」
そんな風に思われたあなたに、とっても素敵な提案があります!
実は、鉄道模型(Nゲージやディスプレイモデルなど)の世界では、こうした札幌市営地下鉄のような少し特殊な車両も、再現して楽しむことができるんですよ。
鉄コレ(鉄道コレクション)などのシリーズで、時折こういった地下鉄車両が限定モデルとして立体化されることがあり、ファンにとっての宝物になっています。

「自分で組み立てて、あの水色のラインを眺める至福の時間」
机の上に小さな東豊線のホームを作って、7000形の模型を置いてみる。
それだけで、あの凍える冬の札幌で地下鉄を待っていた、懐かしい「あの頃」の思い出が一気に蘇ってくるのではないでしょうか?

ぜひ、皆さんもお近くのホビーショップやネット通販などをチェックして、あなただけの特別な地下鉄コレクションを始めてみませんか?
歴史を作った名車たちは、あなたの手の中で、いつでも何度でも走り出す準備をして待っていますよ!

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