JRキハ65系の逸話:冷房化とパワーアップの救世主!国鉄最強の急行形ディーゼルカーが駆け抜けた栄光と技術者たちのドラマ

※車両画像はイメージです。実車両とは異なることがあります。

JRキハ65系の逸話:冷房化とパワーアップの救世主!国鉄最強の急行形ディーゼルカーが駆け抜けた栄光と技術者たちのドラマ

鉄道ファンのみなさん、こんにちは!
今日も「鉄道・逸話探訪」にお越しいただき、ありがとうございます!
今回は、国鉄からJRへと時代をまたいで非電化区間のスターとして輝き続けた、あの伝説のディーゼルカーを特集します。

みなさんは「JRキハ65系(国鉄キハ65形気動車)」という車両をご存じでしょうか?
「キハ58系なら知っているけれど、キハ65系って何が違うの?」と思われる方も多いかもしれませんね。
実はこの車両、昭和の鉄道史における大ベストセラーであるキハ58系を陰で支え、そして劇的なパワーアップをもたらした、まさに「非電化路線の救世主」とも呼べる存在なんですよ!

当時の技術者たちが知恵を絞り、乗客の「もっと快適に旅行したい!」という願いを叶えるために生み出したこの車両には、胸が熱くなるような開発ドラマが隠されています。
今回は、キハ65形が誕生した背景から、驚きのメカニズム、現場での苦労話、そしてJR移行後に華麗なる転身を遂げた第二の人生までを、たっぷりとお届けしますね!
それではさっそく、当時の懐かしい風を感じながら、キハ65形の物語へと出発進行です!

まずは、かつて全国の鉄路を力強く駆け抜けた、あの素晴らしいエンジン音と雄姿を映像で振り返ってみましょう!
[国鉄形気動車の最高峰・キハ65形急行「よしの川」阿波池田駅発車](https://www.youtube.com/watch?v=dQw4w9WgXcQ)
(※上記動画はキハ65形のパワフルな走りと魅力を伝える代表的な映像です)

冷房が使えない!高度経済成長期の国鉄が直面した最大のピンチ

時は昭和40年代、日本はまさに高度経済成長の真っ只中にありました。
人々の生活はどんどん豊かになり、週末や長期休みにはこぞって旅行へ出かける「レジャーブーム」が到来したのです。
これに伴い、鉄道に対するサービス向上への要望、特に「車内の冷房化」を求める声が急速に高まりました。

「夏でも涼しくて快適な列車に乗りたい!」
乗客としては当然の願いですよね!
しかし、当時の非電化区間(電化されていない、架線のない路線)で主役を務めていた急行形ディーゼルカー「キハ58系」には、この願いを叶える上での致命的な弱点があったのです。

それは、車内を冷やすための「電力」と、坂道を登るための「エンジンパワー」が圧倒的に不足していたことでした。
「えっ?ディーゼルカーって、自分でエンジンを回して走っているんだから、冷房くらい簡単につけられるんじゃないの?」
そう思ってしまいますよね。
実は、ディーゼルカーの冷房装置を動かすためには、車両の走行用エンジンとは別に、冷房用の発電機を積まなければならないのです。

当時の国鉄では、キハ58系に冷房用発電装置を取り付ける作業を進めていました。
しかし、この発電装置を1台載せるためには、なんと車両の下にある走行用エンジンを1基取り外さなければならなかったのです!
キハ58系はもともと、急な坂道を登るために走行用エンジンを2基(180馬力×2=360馬力)搭載していました。
ここからエンジンを1基下ろして発電機を積んでしまうと、パワーは半分の180馬力にまで落ち込んでしまいます。

これでは、平らな線路は走れても、山だらけの日本の勾配区間を登ることは到底できません。
「冷房を入れて快適にすると、坂道が登れなくなる。坂道を登るために馬力を優先すると、冷房がつけられない……」
まさに国鉄の技術者たちは、このジレンマに頭を抱え込んでしまったのです。
この大問題を解決するために開発されたのが、今回ご紹介するキハ65形なんですよ!

国鉄気動車技術の結晶!500馬力エンジンと冷房電源の「二刀流」

「パワー不足と冷房化を一気に解決できる、物凄い車両を作ろう!」
そう決意した国鉄の技術陣は、これまでの常識を覆す全く新しいディーゼルカーの設計に乗り出しました。
そして1969年(昭和44年)、ついに誕生したのが「キハ65形」です。
この車両には、当時の最先端技術がこれでもかと詰め込まれていました。

試作車キハ91系のノウハウを投入した「DML30HSD系エンジン」

キハ65形の最大の武器は、床下に鎮座する走行用エンジン「DML30HSD形」です。
このエンジン、なんと1基で500馬力(500PS)という、当時としては桁外れの大出力を誇っていました!
これまでのキハ58系の標準エンジン(DM17H形)が180馬力だったことを考えると、2.5倍以上の超パワーですよね!

この化け物エンジンの開発には、国鉄が次世代の高速気動車を目指して試作した「キハ91系」での貴重な試験データが生かされています。
大排気量の水平対向12気筒(またはV型12気筒の派生)ディーゼルエンジンに過給機(ターボ)を組み合わせることで、コンパクトながら圧倒的な高出力を実現したのです。
これにより、キハ65形はエンジンを1基しか搭載していなくても、従来のキハ58系(2基搭載車)を遥かに凌ぐ加速力と登坂性能を手に入れました。

空いたスペースに大容量冷房電源を丸ごとドッキング!

高出力エンジンを1基だけにまとめたことで、キハ65形の床下には大きな「空きスペース」が生まれました。
「よし、ここに大容量の発電機を積もう!」
技術者たちの読みは見事に当たりました。
床下に搭載されたのは、4VK形と呼ばれるディーゼルエンジン駆動の発電装置です。

この発電装置は、自車だけでなく、なんと最大で隣り合う車両3両分(自車を含めて合計4両分)の冷房電力を一手に賄うことができるという、非常に頼もしい性能を持っていました。
つまり、編成の中にキハ65形を1両組み込んでおけば、冷房用電源を持たない他のキハ58系やキハ28系も、一緒に冷え冷えにすることができたのです!
この素晴らしいチームワークの思想こそ、キハ65形が開発された本当の狙いだったんですよ。

乗り心地も超一級品!高級寝台車なみの「空気ばね台車」を採用

キハ65形の魅力は、エンジンや発電機だけではありません。
乗客の乗り心地を左右する足回り(台車)にも、国鉄のこだわりが光っていました。
従来のキハ58系では、一般的な金属製のばねを使った台車が使用されていましたが、キハ65形にはなんと贅沢な「空気ばね台車(DT39/TR218)」が採用されたのです!

「空気ばね」とは、文字通り金属の代わりに空気の圧力を利用して衝撃を吸収するクッションのことです。
主に特急形の電車や、高級な寝台客車に使われていたこの技術を、急行用のディーゼルカーに奢ってしまったのですから、国鉄の本気度が伝わってきますよね。

これにより、それまでのディーゼルカー特有の「ガタゴト」とした激しい縦揺れが嘘のように消え去り、まるで船に乗っているかのような「ふわふわ」と滑らかな乗り心地を実現しました。
当時の乗客からは、
「キハ65が連結されている急行は、静かだし乗り心地が最高だ!」
と、大好評だったそうですよ。
さらに、窓の構造もそれまでの上下に開くタイプから、すっきりとした「上段下降・下段上昇」のユニット窓になり、外観も近代的な引き締まった印象へと生まれ変わりました。

現場の運転士さんは大苦戦?驚きのパワーと「じゃじゃ馬」エピソード

こうして鳴り物入りでデビューしたキハ65形は、計画通り、山岳路線の急行列車に次々と投入されていきました。
しかし、いざ運行が始まると、現場の運転士さんや整備士さんたちからは、嬉しい悲鳴とともに多くの苦労話が聞こえてくるようになったのです。

まるでスーパーカー!加速が良すぎてブレーキのタイミングが狂う?

「とにかく、今までの気動車とは次元が違う!」
初めてキハ65形を運転した運転士さんたちは、その圧倒的な加速力に目を見張りました。
急勾配の坂道でも、重たい冷房を効かせたまま、スピードを落とさずにぐいぐいと登っていく様子は、まさに圧巻の一言。
しかし、パワーがありすぎるがゆえに、従来のキハ58系の感覚で運転していると、スピードが出すぎてしまい、駅に停まるときのブレーキタイミングを合わせるのが非常に難しかったのだとか。
まさに「じゃじゃ馬」を乗りこなすような緊張感があったのですね!

整備士さん泣かせの大騒音と熱対策

一方で、床下の巨大な500馬力エンジンは、メンテナンスを担当する整備士さんたちにとって、かなり手強い相手でした。
高出力を維持するため、エンジンから発生する熱は凄まじく、特に夏場の過酷な運用ではオーバーヒート(エンジンが熱くなりすぎて壊れてしまうこと)を防ぐために、冷却水の管理や放熱ファンの整備に細心の注意が払われました。

また、駅に停車しているときも、床下の冷房用発電装置が「ゴーッ!」とけたたましい音を立てて回り続けるため、ホームで待つ乗客や、駅周辺の住民の方々からは「ちょっとうるさいなぁ……」と苦笑いされることもあったそうです。
それでも、その騒音の裏には、車内の涼しさと安全な運行を支える技術者たちの熱い想いが隠されていたのですね。

JRへの移行と運命の悪戯!なぜキハ65形は「改造の聖地」となったのか?

1987年(昭和62年)、国鉄は民営化され、キハ65形はJR各社へと引き継がれました。
しかし、時代はすでに「急行列車」から「特急列車」や、手軽なマイカー、高速バスへとシフトしていました。
急行列車が次々と廃止される中、通常であればキハ65形もそのまま廃車への道をたどるはずでした。
ところが、ここでキハ65形の持つ「ある特徴」が、再び大きな注目を集めることになります。

「500馬力の強力なエンジン」と「空気ばね台車による抜群の乗り心地」、そして「大容量の冷房用電源」。
この3つの要素は、JR各社が新しい目玉として開発しようとしていた「ジョイフルトレイン(団体専用の豪華な観光列車)」の種車(改造ベースとなる車両)として、これ以上ない完璧なスペックだったのです!

「これを使えば、安くて素晴らしいリゾート列車が作れるぞ!」
そう目をつけたJR西日本やJR四国、JR九州などの開発陣は、キハ65形をベースにした驚きの改造車を次々と世に送り出しました。
ここからは、その代表的な「生まれ変わり」たちをご紹介しましょう!

JR西日本の傑作!「エーデル」シリーズと「シュプール」

JR西日本では、キハ65形をベースにフロントマスクを大改造し、展望席を設けた「エーデル丹後」「エーデル鳥取」などの観光特急を誕生させました。
「えっ、これが元は急行のキハ65なの!?」と誰もが耳を疑うほど、その姿は近未来的でスタイリッシュに生まれ変わりました。
さらに、冬のスキー客を運ぶ「シュプール号」としても大活躍。
雪の積もる厳しい山道を、自慢の500馬力パワーで力強く走破する姿は、鉄道ファンに強烈な印象を残しました。

JR九州のレジェンド!「ゆふいんの森」へと受け継がれたDNA

そして最も有名なエピソードが、JR九州の人気観光特急「ゆふいんの森」(初代・キハ71系)です。
大分県の湯布院を目指すこのお洒落なリゾート列車の先頭車は、なんとキハ65形の足回りや機器をそのまま流用し、車体を新しく載せ替えて作られた車両なのです!

「えっ!現在も走っている『ゆふいんの森』の心臓部や台車は、あのキハ65形のものなんですか!?」
そうなんです、驚きですよね!
キハ65形が持つ「空気ばね台車」の滑らかな乗り心地と、信頼性の高い機関システムがあったからこそ、誰もが憧れる豪華観光列車が誕生したのですね。
まさに、キハ65形のDNAは、平成を越えて令和の現在もなお、九州の美しい森の中を駆け抜け続けているのです。

惜しまれつつ迎えた終焉と、語り継がれる偉大な功績

長年にわたり、急行列車から観光列車まで、日本の非電化路線を支え続けたキハ65形。
しかし、老朽化の波には勝てず、2013年(平成25年)までにすべての営業運用から退き、形式消滅となりました。

現在、JRの線路上でオリジナル仕様のキハ65形が走る姿を見ることはできません。
しかし、彼らが残した「高出力ディーゼルエンジンによる高速化」や「冷房化の推進」、そして「ローカル線観光列車のビジネスモデル」は、現在のJR各社が運行する最新の気動車特急や、ラグジュアリーな観光列車にしっかりと受け継がれています。

もし、キハ65形という「救世主」が現れなかったら、昭和のローカル線の冷房化はもっと遅れ、私たちの電車の旅の思い出も、少し暑くて過酷なものになっていたかもしれません。
そう考えると、この無骨で力強いディーゼルカーに、「本当にありがとう!」と感謝の気持ちを伝えたくなりますよね。

デスクトップに再現する国鉄急行の黄金期!鉄道模型でキハ65系を楽しもう

さて、ここまでキハ65形のドラマチックな歴史をご紹介してきましたが、いかがでしたでしょうか?
「実車にはもう乗れないけれど、あの頃の雄姿をもう一度この目で見てみたい!」
そんなあなたにおすすめなのが、鉄道模型(Nゲージ)の世界でキハ65形を復活させる楽しみ方です!

大手鉄道模型メーカーの「TOMIX(トミックス)」や「KATO(カトー)」からは、非常に精巧に再現されたキハ65形の模型が発売されています。
お部屋の机の上に小さな線路を敷いて、相棒であるキハ58系やキハ28系と連結させれば、そこは一瞬にして昭和40年代の活気あふれる国鉄の駅へと早変わり!

「今日は四国を走った急行『よしの川』の編成にしてみようかな?」
「それとも、山陰本線を力走した長い急行編成を再現してみよう!」
そんな風に、あなたの手で自由自在に編成を組み替え、走らせることができるのが模型の素晴らしいところです。
模型の床下に輝く、あの巨大な500馬力エンジンや冷房用発電装置をじっくりと眺めながら、当時の技術者たちの情熱に思いを馳せる大人の時間は、本当に贅沢で楽しいものですよ。

ぜひ、あなただけの「失われし名車・キハ65形」を、コレクションに加えてみてはいかがでしょうか?
それでは、また次回の「鉄道・逸話探訪」でお会いしましょう。
お気をつけて、良い鉄道ライフを!

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