東急デハ3700形の逸話:戦後の闇を照らした「新生東急」初の新造車!名鉄へと受け継がれた復興のドラマ

※車両画像はイメージです。実車両とは異なることがあります。

東急デハ3700形の逸話:戦後の闇を照らした「新生東急」初の新造車!名鉄へと受け継がれた復興のドラマ

みなさん、こんにちは!
今日も鉄道のディープな歴史と、そこに隠された人間ドラマを探訪する旅へ一緒に出かけましょう!

今回スポットを当てるのは、戦後の焼け跡から立ち上がり、これからの未来を信じて走り出した伝説の車両、「東急デハ3700形」です!
鉄道ファンの方なら、一度はその名前を聞いたことがあるのではないでしょうか?

「東急の古い電車でしょ?」
「昔、名鉄に譲渡されたっていう噂は知っているけれど、詳しくはわからないな……」
そんな風に思っている方も多いかもしれませんね。

実はこの東急デハ3700形、単なる「古い電車」の一言では片付けられない、もの凄くドラマチックな運命をたどった車両なんですよ!

戦後の混乱期に生まれ、当時の技術者さんたちが涙ぐましい努力で作り上げ、最後は愛知県の名鉄(名古屋鉄道)さんへと渡って奇跡の全員大往生を遂げたという、信じられないような逸話が満載なんです。

この記事を読めば、東急デハ3700形がもっと愛おしくなり、当時の駅の匂いや、技術者さんたちの熱い息吹が目の前に蘇ってくるはずです!

それでは、さっそく当時の勇姿を映像で振り返ってみましょう!
※YouTubeで公開されている、元東急デハ3700形である名鉄3880系の懐かしい姿を捉えた貴重な映像です。ぜひ当時の雰囲気を味わってみてくださいね!

焼け跡からの再起!なぜ戦後すぐに東急デハ3700形が必要だったの?

さてさて、まずはこの東急デハ3700形が誕生した、昭和23年(1948年)という時代にタイムスリップしてみましょう!

当時の日本は、まさに太平洋戦争が終わった直後の大混乱期でした。
東京の街は空襲によって焼け野原となり、鉄道もまた、爆撃やメンテナンス不足によってボロボロの状態だったんです。

それでも、人々は生きていくために必死でした。
毎日、食料を求めて買い出しに行く人々や、復興のために働く人々で、駅も電車も毎日が超満員!
いわゆる「押し屋」さんが活躍するほどの殺人的な混雑が、毎日のように繰り返されていたんですよ。

乗客さんはドアからあふれ、窓から乗り込み、ひどい時には連結器の上や屋根の上にまで人が乗っていたと言われています。
今では考えられないような、凄まじい光景ですよね!

しかし、当時の東急線(当時は大東急と呼ばれる巨大組織から、まさに新生東急へと分離・独立する激動の時期でした)には、まともに走れる電車が圧倒的に不足していました。
戦争で被災した車両が多く、残った車両も部品不足で故障ばかり。

「とにかく、一両でも多くの電車を走らせてくれ!」
これが、当時の乗客さんや現場の駅員さんたちからの、切実極まりない叫びだったのです。

そんな中、国(当時の運輸省)が救いの手を差し伸べます。
それが、私鉄向けの標準的な車両仕様を定めて大量生産を促す、「運輸省規格型電車」という制度でした。

資材が極端に不足していた時代ですから、各私鉄がバラバラに好きなデザインで電車を作っていたら、いつまで経っても完成しませんよね?
そこで、「国が決めたルール(規格)に沿って、みんなで同じような電車を効率よく作りましょう!」という国策がとられたのです。

このプロジェクトによって、新生「東京急行電鉄」として初めて世に送り出された新造車こそが、今回の主役である東急デハ3700形(電動車)と、ペアを組むクハ3750形(制御車)だったんですよ!

まさに、戦後復興という大きな使命を背負って生まれた、救世主のような存在だったのですね!

技術者たちの執念!昇圧対応と片運転台に込められた未来への布石

東急デハ3700形は、1948年に名門の「川崎車輛(現・川崎車両)」さんで製造されました。
デハ3700形が15両、クハ3750形が5両の、合計20両が誕生したんです。

「あれ?電動車が15両に対して、制御車(トレーラー)が5両だけなんて、ちょっとバランスが悪くない?」
と思ったあなた、するどいですね!

実はこれ、当時の深刻な資材不足や、東急さんの運行計画上の大人の事情が絡んでいるのですが、そのあたりは後ほど詳しくお話ししますね。

まずは、このデハ3700形の設計に隠された、技術者さんたちの驚くべき工夫と情熱に迫ってみましょう!
当時はとにかく物資がありません。
木材も、鉄板も、電気部品も、すべてが超一級の貴重品。

そんな中で作られた「規格型電車」ですから、見た目は窓の上に補強用の鉄帯(ウインドシル・ヘッダー)がついた、無骨で頑丈一辺倒なデザインでした。
しかし、その中身には、技術者さんたちの「未来への強いこだわり」がギッシリと詰め込まれていたんですよ!

その最大のポイントが、「600Vと1500Vの両方に対応できる昇圧前提の設計」だったことです!

当時の東急線の多くは、電気の電圧が600V(ボルト)でした。
しかし、これからはもっと多くの人を、もっと速く運ばなければならない時代が来ます。
そのためには、電圧を1500Vにパワーアップ(昇圧)することが不可欠でした。

技術者さんたちは考えました。
「今は資材がなくて600Vのまま走らせるけれど、近い将来、必ず1500Vに昇圧する日が来る。その時に、またイチから車両を作り直すような無駄は絶対に避けたい!」

そこで、あらかじめ将来の1500V化を想定した、「弱め界磁直並列制御」という高度な制御方式や、昇圧対応の機器を盛り込んで設計したのです。
これって、物資がない中で先々のことまで見据えた、ものすごくスマートで先進的な設計だと思いませんか?

さらに、もう一つの大きな挑戦が「片運転台・全室運転室」の採用でした。

それまでの古い電車は、両方に運転台がついているものが多く、路面電車のように一両(単行)でトコトコ走るのが主流でした。
しかし、これからは「本格的な通勤列車」として、何両も連結して走る時代です。

デハ3700形は、運転台を片側だけに固定し、運転室の幅を車体いっぱいに広げた近代的な構造にしました。
これにより、運転士さんの視界や居住性が劇的に向上したんですよ!

台車には、住友金属製の頑丈なKS-33形(社内記録ではKS-33E)を採用し、乗り心地と耐久性を両立させました。
限られた制約の中で、妥協することなく「未来の標準」を作り上げようとした当時の技術者さんたち。

彼らのプロフェッショナルな魂には、本当に頭が下がりますよね!

現場は知恵と工夫の連続!混雑する東急線を支えた凸凹編成の裏話

こうして大きな期待を背負ってデビューした東急デハ3700形ですが、実際の運行が始まると、現場では面白い「ドタバタ劇」が繰り広げられることになります。

先ほど、「デハが15両でクハが5両」というアンバランスな両数のお話をしましたよね。
東急さんとしては、基本的には「デハ+デハ+クハ」という強力な3両編成で走らせたかったのです。

しかし、どう計算してもクハ(制御車)が足りません!
「おいおい、これじゃあせっかくの新車が宝の持ち腐れになっちゃうよ!」
と、現場は大慌て。

そこで東急さんが取った作戦が、なんと「戦災復旧車のクハを相棒にする」という超ワイルドな解決策でした!

戦火で燃えてしまった他形式の車両を、なんとか走れるように応急修理したクハ(制御車)を、ピカピカの新車であるデハ3700形の間に挟み込んで走らせたのです。

想像してみてください。
片や戦後最新鋭のすっきりした新車、片やボロボロの面影を残す復旧車がガッチリ連結して走る姿を……。
まさに、戦後という「時代の象徴」とも言える、なんとも愛嬌のある、そしてたくましい凸凹編成ですよね!

また、東急時代のデハ3700形は、時代とともに姿を大きく変えていきました。
最初は、当時の流行りでもあった「非貫通(お顔の真ん中に扉がないタイプ)」のすっきりしたお顔立ちでした。

しかし、これまた混雑緩和や運用の効率化のために、後年の車体更新時に「前面貫通扉(お顔の真ん中に通り抜け用のドア)」を設置する大改造が行われたんです!
さらに、側面の窓を大きくして車内を明るくするなど、近代化のためのアップデートが何度も重ねられました。

こうして、デハ3700形は目蒲線(現在の東急目黒線・多摩川線)や池上線といった、東急の生活路線を支える大黒柱として、毎日毎日、健気に走り続けました。

たくさんの乗客さんの人生や、復興に向かう街の活気を、その車体にいっぱい詰め込んで走り抜けたのですね。

奇跡の全員転籍!名鉄3880系として第二の黄金期を築く

しかし、時代の流れは残酷なものです。
昭和50年代に入ると、東急線にはステンレス製のピカピカな超近代的な新型電車(8000系など)が次々と導入されていきました。
そうなると、戦後の混乱期を支えた緑色の旧型電車(初代3000系列)たちは、少しずつお役御免となっていきます。

デハ3700形も例外ではありませんでした。
昭和50年(1975年)から段階的に廃車が始まり、1980年までに東急線から完全に姿を消してしまったのです。

「あぁ、これでまた一つの昭和の名車が、スクラップになって消えていくんだな……」
多くの鉄道ファンが、そうやって涙をのんで見送るはずでした。

ところが!
ここから、デハ3700形の「奇跡の第二の人生」が始まるのです!

なんと、東急で廃車になったデハ3700形とクハ3750形の仲間たち、「全20両が、1両も欠けることなく名古屋鉄道(名鉄)に譲渡された」んですよ!
これって、鉄道の歴史の中でも本当に珍しい、もの凄い奇跡だと思いませんか?

名鉄さんでは「名鉄3880系」という新しい名前をもらい、なんと再び大活躍を始めることになります。

当時の名鉄さんは、瀬戸線などの急増する乗客さんへの対応に追われ、とにかく「今すぐ使える、頑丈でたくさん乗れる3両編成(または4両編成)の電車」をノドから手が出るほど欲しがっていたのです。
そこに現れたのが、東急さんで手厚くメンテナンスされ、まだまだ元気いっぱいだったデハ3700形でした。

東急時代の緑色(あるいは黄色と紺色のツートンカラー)から、名鉄伝統の鮮やかな「名鉄スカーレット(赤色)」に身を包んだ彼らは、まるで生まれ変わったかのように輝いて見えました。

慣れない愛知の地でも、持ち前の頑丈さと、東急の技術者さんたちが仕込んだ優秀な設計(昇圧対応なども大活躍しました!)を武器に、名鉄のラッシュ時を救う大活躍を見せたのです!

名鉄の運転士さんやメンテナンスのスタッフさんたちからも、
「東急から来た車は、本当に作りがしっかりしていて扱いやすい!」
と、大絶賛されたそうですよ。

かつて東京の復興を支えたタフな血統が、今度は名古屋の街の発展を支える力になったなんて、胸が熱くなるエピソードですよね!

その後、名鉄でも新型車の導入が進み、3880系(元デハ3700形)は惜しまれつつ現役を引退していきました。
しかし、彼らの魂は簡単には消えませんでした。

引退後、彼らが履いていた優秀な台車「KS-33系」は、なんと名鉄の他の形式(ク2800形やク2780形など)に引き継がれ、さらに長く走り続けたのです。

最後の最後まで、余すところなく人々の役に立ち続けたデハ3700形。
これほど幸せで、愛された電車は他にないのではないでしょうか?

初代3000系の系譜と、現在に語り継がれるそのDNA

東急デハ3700形が属していた「初代3000系」というグループは、東急の歴史を語る上で欠かせない偉大な存在です。
デハ3300形やデハ3400形、デハ3500形など、個性豊かな兄弟たちがたくさんいました。

これら初代3000系は、1989年3月に一斉に現役を引退し、東急における「緑の旧型電車」の歴史にピリオドを打ちました。

現在、残念ながらデハ3700形の実車は、保存車としては残っていない可能性が高いとされています。
あの美しいスカーレットの姿も、頑丈なグリーンの姿も、もう本物を見ることはできません。
ですが、彼らが示した「限られた資源の中で、未来を見据えて最良のものを作る」という設計思想や、会社間の垣根を越えた「車両の絆」は、現代の鉄道技術や、地方私鉄への車両譲渡のビジネスモデルに今も深く息づいています。

手のひらの上で蘇る復興のシンボル!鉄道模型で楽しむデハ3700形

「実車が残っていないなら、もうあの姿を見ることはできないの?」
と、寂しく思ったみなさん、ご安心ください!
実車が引退してしまっても、私たちの手元で当時の興奮を100%再現できる素晴らしい方法があるんです。
それが、鉄道模型(Nゲージ)の世界です!

なんと、トミーテックさんの人気シリーズ「鉄道コレクション(鉄コレ)」から、「東京急行電鉄3700形3両セット」が発売されているんですよ!
これは鉄道ファンの間で大ニュースになりました。
あの無骨ながらも愛嬌のあるお顔、窓の補強帯、特徴的な台車などが、驚くほどリアルに、手のひらサイズで再現されているんです。

模型を手に入れたら、以下のような楽しみ方をしてみてはいかがでしょうか?

  • 東急時代の再現:グリーンの車体(または黄・紺ツートン)で、目蒲線や池上線ののどかな高架線をトコトコ走らせる。
  • 名鉄時代の再現:スカーレット色に塗り替えて(あるいは名鉄仕様の模型を探して)、名鉄の他のパノラマカーなどと並べてみる。
  • 凸凹編成の再現:あえて手持ちの古い別形式の車両と連結させて、当時の戦後混乱期の「知恵の結晶」仕様にして楽しむ。

机の上に小さな線路を敷いて、デハ3700形を走らせてみる。
コトコトと鳴るジョイント音を聞きながら、かつて焼け跡の東京を元気に走り抜け、愛知の地で第二の人生を全うした彼らのドラマに思いを馳せる……。
これこそ、大人の、そして鉄道ファンだけの贅沢な時間の過ごし方だと思いませんか?

みなさんもぜひ、東急デハ3700形の模型や資料を手に取って、激動の昭和を駆け抜けた技術者さんたちの情熱を感じてみてくださいね!

「鉄道・逸話探訪」、今回の旅はここまでです。
次はどんな失われし名車の「なぜ?」に出会えるでしょうか?
また次回の記事でお会いしましょう!
お相手はブログ執筆者の私でした。それでは、良い鉄道ライフを!

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