京福電気鉄道モボ101形の逸話:昭和初期の面影をまとう「走る骨董品」!驚きの復活劇と今も京都に響く吊掛けサウンドの秘密

※車両画像はイメージです。実車両とは異なることがあります。

京福電気鉄道モボ101形の逸話:昭和初期の面影をまとう「走る骨董品」!驚きの復活劇と今も京都に響く吊掛けサウンドの秘密

京都の街をのんびりと走る、お馴染みの路面電車「嵐電(らんでん)」こと京福電気鉄道。

観光客で賑わう嵐山や、静かな佇まいの北野天満宮へと私たちを運んでくれる、どこか懐かしい緑や紫の電車たちを目にしたことがある方も多いのではないでしょうか?

実は、その嵐電の中に、なんと大正から昭和初期の面影をそのまま足元に残したまま、令和の今日も元気に走り続けている奇跡の車両があるんですよ!

それが、今回ご紹介する「京福電気鉄道モボ101形」です!

レトロな見た目と、どこか懐かしくて愛らしい「トコトコ」という走行音、そして力強いモーターの唸り声。
一見すると普通の綺麗な路面電車に見えますが、その中身には、昭和・平成・令和を駆け抜けた技術者たちの情熱と、時代に翻弄されながらも生き残った驚きのドラマが隠されているんです。

この記事を読めば、次に嵐電に乗る時の景色がガラリと変わって、目の前を通り過ぎるモボ101形が愛おしくてたまらなくなること間違いなしですよ!

それではまず、京都の街に今も溶け込み、人々を魅了し続けるモボ101形の美しい走行シーンを映像で振り返ってみましょう!

どこか哀愁を帯びた、独特のモーター音にも耳を澄ませてみてくださいね。

激動の昭和初期に誕生!ライバル「新京阪」との熱い嵐山観光バトル

時計の針を大きく巻き戻して、1929年(昭和4年)へとタイムスリップしてみましょう!

当時の日本は、モダンガールやモダンボーイ、いわゆる「モガ・モボ」が街を闊歩し、西洋文化が花開いた華やかな大正デモクラシーの余韻が残る時代でした。

そんな中、京都を代表する観光地である嵐山へのアクセスを巡って、鉄道会社同士の「壮絶な乗客争奪戦」が勃発していたのをご存知でしょうか?

当時、嵐山へ向かう路線を運行していた京都電燈(現在の京福電気鉄道のルーツにあたる会社です)に対し、強力なライバルが出現しました。
それこそが、現在の阪急京都線の前身である「新京阪鉄道」です!

新京阪鉄道は、桂から嵐山へ向かう新線を華々しく開業させ、最新鋭の高速電車を投入して観光客をごっそり奪おうと勝負を仕掛けてきたのですね。

「このままでは、大切なお客さんをみんな持っていかれてしまう!」
危機感を募らせた京都電燈の経営陣と技術者たちは、ある壮大な決断を下します。
それこそが、嵐山本線(四条大宮〜嵐山間)の「全線複線化」という大プロジェクトと、それに伴う圧倒的な輸送力増強でした!

この一大決戦の切り札として、1929年に大阪の有名な造船所である「藤永田造船所」で製造されたのが、初代となる旧モボ101形だったのです。

ちなみに、この形式名にある「モボ」というちょっとユニークで響きの可愛い名前。
これは当時の流行語だった「モダンボーイ」にかけたわけではなく、実は「モーター(電動機)付きのボギー車」を略した鉄道用語なんですよ!

しかし、当時の最新技術をこれでもかと詰め込んだモダンな姿は、まさに路面電車界の「モダンボーイ」そのものだったのではないでしょうか?

技術者たちの執念が生んだ「半鋼製ボギー車」という未来への架け橋

初代モボ101形がデビューした当時、それまでの嵐電の主役は、木造の小さな2軸車(車輪が4個のコンパクトな車両)でした。

しかし、増え続ける観光客を安全に、そして一度にたくさん運ぶためには、もっと大きくて頑丈な車両が必要不可欠だったのです。
そこで技術者たちが挑んだのが、嵐山線系統では初となる「半鋼製ボギー車」の導入でした!

「半鋼製」というのは、車体の骨組みや外板に頑丈な鋼鉄を使用し、内装には温かみのある木材を使用したハイブリッドな構造のことです。
これにより、万が一の衝突事故の際にも乗客をしっかりと守ることができる、抜群の安全性を手に入れました。

さらに、車体の前後に2つの台車(車輪のセット)を持つ「ボギー車」にすることで、カーブの多い嵐電の路線でも、車体を大きくして揺れを抑え、快適な乗り心地を実現することに成功したのです!

当時のモボ101形は、丸みを帯びたお洒落な屋根に、窓の下に補強用の帯(ウィンドシル・ヘッダー)が走る、絵に描いたような戦前型電車のスタイルをしていました。

さらに驚くべきことに、道路上にある停留所(電停)と、線路専用の駅のどちらからでもスムーズに乗り降りできるよう、乗降口には「フォールディングステップ(折り畳み式のステップ)」が装備されていたんですよ!

乗客が乗り降りする時にだけ、パタパタと自動でステップが展開する様子は、当時の人々にとってまるで未来の乗り物のように映ったに違いありません。

この時、モボ101形6両をはじめ、仲間のモボ111形やモボ121形など、合計26両もの大型ボギー車が一挙に投入されました。

この強力な布陣によって、嵐電は見事に新京阪との観光バトルを互角以上に渡り合い、京都になくてはならない「市民の足」としての地位を不動のものにしたのです!
技術者たちの「絶対に負けられない」という熱い執念が、この頑丈で優秀な名車を生み出したのですね。

中身は昭和初期、見た目は最新鋭!?1975年の「奇跡の再生ドラマ」

そんな輝かしいデビューから年月が流れ、時代は高度経済成長期を迎えます。

1970年代に入ると、さすがに1929年製の旧モボ101形も、車体の老朽化が深刻な問題となってきました。
雨風に晒され続けた鋼鉄のボディは傷み、木製の内装はガタが来始め、乗客からも「古い電車」と言われるようになってしまったのです。

普通であれば、ここで「新しい新車を買って、古い電車は廃車にしよう」と考えますよね?

ところが、当時の嵐電を取り巻く経営環境は、決して新しい車両をポンポンと買えるほど裕福なものではありませんでした。
「お金をかけずに、新車同様の快適な車両をお客さんに提供するにはどうすればいいのか……?」

悩みに悩んだ技術者たちが導き出した答え、それこそが、鉄道ファンの間で今も語り継がれる「車体更新」というウルトラCの解決策だったのです!

1975年(昭和50年)、嵐電は兵庫県にある武庫川車両工業(阪神電鉄の子会社で、頑丈な車体作りに定評のあるメーカーでした)に、モボ101形の改造を依頼します。

その内容が本当に驚きなんですよ!
なんと、旧モボ101形の「モーター」「制御器」「台車」といった、まだ十分に使える頑丈な足回りと電装品だけを綺麗にメンテナンスしてそのまま残し、車体(ボディ)だけをそっくり丸ごと最新の全金属製のものに載せ替えてしまったのです!

車籍(電車の戸籍のようなもの)の上では「改造・更新」となっていますが、実際には古い木造・半鋼製の車体をすべて廃棄し、ピカピカの新車体を載せているため、事実上の「新造」に近いものでした。

こうして誕生したのが、現在も大活躍している「2代目モボ101形」なんです!

外観は、1971年に登場した近代的なモボ301形にそっくりな、すっきりとした前面3枚窓のデザインに生まれ変わりました。
「中身は大正・昭和初期の骨董品、見た目は昭和後期の最新スタイル」という、なんとも不思議で魅力的な二重人格(?)な電車がここに誕生したのですね!

今も響く「吊掛け駆動」の咆哮!鉄道ファンを魅了する音と走りの秘密

新しく生まれ変わったモボ101形ですが、その最大の魅力は、なんといっても今では絶滅寸前となっている古い足回りから放たれる「独特の走行音」です!

皆さんは、最近の静かな電車とは明らかに違う、あの「ウゥゥゥーン!」というお腹に響くような低いモーターの音を聞いたことがありますか?
あれは「吊掛け駆動(つりかけくどう)」と呼ばれる、明治・大正時代から続く非常に歴史のある駆動方式の音なんです!

現代の電車は、モーターの振動が車内に伝わらないよう、非常に静かで滑らかな「カルダン駆動」という方式が主流になっています。

しかし、モボ101形が今も使い続けている吊掛け駆動は、巨大なモーターを車軸に直接「吊るして」固定しているため、モーターの激しい回転とギヤの噛み合わせがダイレクトに音と振動になって伝わってきます。

走るたびに床下から聞こえる「かすれたような、それでいて力強いモーター音」は、まさに昭和のSL(蒸気機関車)にも通じるような、猛々しい「機械の生命の鼓動」そのもの!
この音が聞きたくて、全国から嵐電沿線にやってくる熱心な鉄道ファンが後を絶たないんですよ。

さらに、足元を支える台車にも大注目です!

モボ101形が履いているのは、日立製作所製の「KL-15形」と呼ばれるスイングハンガー式の鋳鋼台車です。
実はこの台車、乗り心地があまり良くなかった初期の台車から、1970年までに別の同型旧車から振り替えられた歴史を持っています。

2009年以降、嵐電では古い台車や電装品を新しいものに交換する近代化工事が進められてきましたが、驚くべきことにモボ101形はこの足回り更新の対象から外れ、今でも昔ながらの骨董品のような台車を維持しているのです!

また、制御方式も「抵抗制御による間接自動制御(自動加速制御)」という、路面電車としては当時非常に先進的だったシステムを今も大切に守り続けています。

運転士さんがマスコン(ハンドル)を引くと、床下から「コトコトコト……」と抵抗器が切り替わる規則正しい音が響き、ゆっくりと、しかし確実に加速していく。

このアナログとデジタルの狭間にあるような、独特の加速感とブレーキのフィーリングこそが、ベテラン運転士さんたちの腕の見せ所であり、乗客を魅了してやまないポイントなんですね!

ポールからパンタグラフへ!時代の荒波を乗り越えた屋根上のドラマ

モボ101形の歴史を語る上で、もうひとつ忘れてはならないのが、屋根の上にある「集電装置(電気を取り入れる機械)」のドラマです。

今でこそ、屋根の上にはひし形を半分にしたような「Z型パンタグラフ」がすっきりと載っていますが、1975年の車体更新直後は、全く違う姿をしていたんですよ!

なんと、更新されたばかりのピカピカの金属車体の上に載っていたのは、明治時代から続く昔ながらの「トロリーポール」だったのです!

トロリーポールとは、長い竹竿のような棒の先端に滑車(ホイール)を取り付け、架線(電線)に直接押し当てて電気を回収する、非常にクラシックな装置です。

カーブや分岐点に差し掛かると、このポールが電線から外れて火花を散らしたり、車内の電気が一瞬消えたりすることも日常茶飯事でした。
車体は最新なのに、屋根の上からは長いポールが後ろに伸びている……そんな過渡期ならではのユーモラスな姿が、一時期だけ見られたのです。

しかし、時代は急速に近代化へと進んでいきます。

モボ101形の車体更新が終わったすぐ後の1975年12月、嵐電はついに全てのポール集電を廃止し、より安全で確実なパンタグラフ集電へと一斉に切り替えを行いました。

これによって、ポールを操作するために駅で乗務員さんがロープを引っ張るような、のどかな光景は見られなくなってしまいましたが、モボ101形は新しいZ型パンタグラフを手に入れ、より信頼性の高い近代的な路面電車として次のステップへと進み始めたのです。

その後も、モボ101形は時代の要求に合わせて変化を続けました。

  • 1981〜1982年頃:車掌さんが乗務しなくても運行できるよう、運賃箱などを設置する「ワンマン運転対応改造」を実施。
  • 1989〜1992年頃:真夏の京都の厳しい暑さを乗り切るため、屋根上に待望の「冷房装置」を搭載。

このように、見た目のクラシックな雰囲気を壊さないよう配慮されながら、常にその時代の「最新の快適性」を取り入れ、たくましく生き抜いてきたのですね!

 

京紫に染まる古豪!迫り来る「KYOTRAM」の影とこれからの未来

こうして数々の改造を重ね、嵐電を象徴する存在として走り続けてきたモボ101形ですが、2010年代に入ると、再び大きな変化の波が訪れます。

そのひとつが、嵐電のイメージチェンジを狙った「カラーリングの大変更」でした!

それまでは、嵐電といえばお馴染みの「緑色とクリーム色」のツートンカラーが定番でしたが、嵐電開業100周年を記念して、京都の歴史と気品を感じさせる深い紫色「京紫(KYO-MURASAKI)」をベースにした新しい標準塗装への変更がスタートしたのです。

モボ101形も順次この京紫カラーに塗り替えられ、2013年時点で101・104・106号車などが新しい京都の街並みに映える、お洒落で高貴な姿へと生まれ変わりました。
新旧のカラーが混ざり合って走る姿は、まさに嵐電の歴史の過渡期を象徴する素晴らしい光景ですよね!

しかし、そんな愛すべき古豪たちにも、避けては通れない「お別れの足音」が少しずつ近づいてきています。
京福電気鉄道は2020年代に入り、持続可能な未来の路面電車を目指して、バリアフリーに対応した超低床の新型車両「KYOTRAM(きょうとらむ)」を導入する方針を発表しました。
これに伴い、車体更新から半世紀、そして足回りの製造からはなんと約100年近くが経過しようとしているモボ101形は、いよいよ新型車両への置き換え(代替)対象として名前が挙げられるようになってきたのです。

「えっ、あのかわいいモボ101形がいなくなっちゃうの!?」と悲しくなってしまいますよね。
確かに寂しいことではありますが、約1世紀もの間、京都の激動の歴史を乗客とともに駆け抜けてきたその実績は、日本の鉄道史上でも類を見ないほどの偉大な功績です。
最後のその時が来るまで、今日も現役最古参のプライドを胸に、吊掛けモーターを力強く響かせて京都の街を走る姿を、私たちは温かく見守り、その勇姿を目に焼き付けておきたいものですね。

あなたの机の上に京都の情緒を!モボ101形を模型で楽しむ粋な提案

京都の街でモボ101形の吊掛けサウンドに耳を傾け、歴史のロマンに思いを馳せた後は、その感動を自分の手元に持ち帰ってみてはいかがでしょうか?
実は、鉄道模型(Nゲージ)の世界でも、この嵐電モボ101形は非常に人気の高いモデルとして、有名メーカーである「MODEMO(モデモ)」などから精密な完成品がリリースされているんですよ!

手のひらサイズの小さな車体でありながら、あのレトロな前面3枚窓のデザインや、京紫の美しい塗装、屋根上のZ型パンタグラフなどが驚くほどリアルに再現されています。
自分の部屋の小さなデスクの上に、京都の石畳や、桜並木、紅葉が美しい嵐山の風景をイメージしたミニジオラマを作って、このモボ101形をコトコトと走らせてみる……。
これって、想像しただけでもものすごく贅沢で、ワクワクする大人の趣味だと思いませんか?

「京都の旅行で乗ったあの日の思い出」や「技術者たちが新京阪に対抗するために流した熱い汗」に思いを馳せながら、模型の小さなヘッドライトの灯りを見つめる時間は、日常の忙しさを忘れさせてくれる極上の癒しになりますよ!
ぜひ、あなたのお部屋のコレクションに、この歴史の生き証人である名車「京福電気鉄道モボ101形」を迎え入れて、京都の優しい風を感じてみてくださいね!

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