
かつて東急線の沿線で、キラリと輝く銀色のボディに赤い帯を巻き、どこかレトロでありながら、走ると「ヒューーーン」という静かで近未来的なモーター音を響かせる不思議な電車を見かけたことはありませんか?
そう、それこそが今回ご紹介する東急7700系です!
「古い電車なのかな?」と思いきや、中身はハイテクな最新技術が満載。
「新しい電車なのかな?」と思いきや、実は車体のベースは昭和生まれ。
この、ちょっとユニークで愛嬌たっぷりの名車には、当時の技術者たちがかけた並々ならぬ情熱と、驚くべき「長生きの秘密」が隠されているんですよ!
この記事を読めば、昔よく乗っていたあの電車のすごさが分かり、次に鉄道模型や古い写真を見たときに、胸が熱くなること間違いなしです!
それでは、昭和・平成・令和を駆け抜けた奇跡の電車のストーリーを、一緒に紐解いていきましょう!
夕日に輝く銀色の車体と懐かしいモーター音の記憶
昭和から平成、そして令和の入り口まで、東急池上線や東急多摩川線(かつての目蒲線)をのんびりと、しかし力強く走り抜けていた銀色の電車。
窓の下にある波打つような「コルゲート」と呼ばれる板が、夕日に照らされてキラキラ輝く姿は、沿線の人々にとって日常の象徴でしたよね。
当時は当たり前のように乗っていたあの車両、実は日本鉄道史における「偉大なレジェンド」の生まれ変わりだったんです!
2018年に惜しまれつつ東急線から引退したときには、多くのファンや沿線住民が駅に詰めかけ、別れを告げました。
まずは、そんな彼らの最後の勇姿を映像で振り返って、あの懐かしい音と走りを思い出してみましょう!
いかがでしたか?
このどこか懐かしく、でもメカニカルな走りがたまらないですよね!
実はこの東急7700系、新しく造られた新造車ではなく、初代7000系という伝説の車両を「大改造」して生まれた車両なんですよ!
なぜそんな大改造を行う必要があったのか、その謎を解き明かすために、まずは時代を昭和の高度経済成長期まで巻き戻してみましょう。
ステンレス車体の衝撃と冷房化という時代の壁
時は1960年代、日本は空前の高度経済成長期の真っただ中にありました。
東急電鉄(当時は東京急行電鉄)もまた、激増する通勤客をいかに安全に、そして効率よく運ぶかという課題に直面していたのです。
そこで1962年に登場したのが、東急7700系のルーツとなる「初代7000系」でした。
この初代7000系は、日本の鉄道史を大きく塗り替える、とんでもないイノベーションを引っ提げて現れたのです。
それこそが、アメリカのバッド社から技術を取り入れて開発された、日本初のオールステンレス車体でした!
それまでの電車は鋼鉄製で、錆びを防ぐために定期的にペンキを塗り直す必要がありましたが、ステンレスは錆びません。
塗装の手間が省け、車体自体も劇的に軽くなったため、電気代も大幅に節約できるという、まさに夢のような電車だったんですね。
しかし、1980年代後半になると、新たな課題が東急電鉄に突きつけられます。
それは、乗客の誰もが待ち望んでいた「冷房化」の波でした!
当時、東横線や田園都市線では冷房車が当たり前になっていましたが、池上線や目蒲線といった支線区には、まだ冷房のない古い「緑色の電車(旧3000系列など)」や、初代7000系が冷房なしのまま走っていたのです。
「暑くてたまらない!早く冷房を入れてほしい!」という乗客の皆さんの切実な声。
さらに、地球温暖化や省エネへの意識も高まり、古い抵抗制御の電車から、より電気を使わない最新の制御方式への移行が求められていました。
ですが、すべての路線に最新の新造車を導入するには、天文学的なコストがかかってしまいます。
「どうにかしてコストを抑えつつ、お客様に快適な冷房車を提供することはできないだろうか?」
そんな経営陣や技術者たちの悩みを解決するヒントは、実は足元に転がっていたのです。
錆びない奇跡の車体を活かせ!技術者の常識破りな挑戦
「おい、初代7000系の車体を見てみろよ。25年以上走っているのに、どこも錆びていないし、新品同様にピカピカじゃないか!」
技術者たちが初代7000系の車体を検査したとき、誰もがその耐久性に驚愕しました。
通常の鋼鉄製の車体であれば、20年も走ればあちこちにガタがきて、引退を考え始める時期です。
しかし、最高品質のステンレスで造られた初代7000系の車体は、ビクともしていなかったのです!
「車体はあと30年は使える。ならば、車体はそのまま使って、中身をごっそり最新鋭のものに置き換えよう!」
この大胆なひらめきこそが、東急7700系プロジェクトの始まりでした。
新車を造る費用の半分以下で、最新の省エネ冷房車が手に入るという、まさに魔法のような計画です!
しかし、口で言うのは簡単ですが、実際の作業は困難を極めるものとなりました。
なぜなら、元の初代7000系は「冷房装置を載せることを想定していない設計」だったからです。
冷房装置は、屋根の上に大きな重荷を載せることになります。
「ただでさえ薄くて軽いステンレスの屋根に、重いクーラーを載せたら、車体がベコッと凹んでしまうかもしれない!」
そんな不安が技術者たちを襲いました。
そこで、東急車輛製造の設計陣は、車体を分解し、屋根の裏側に頑丈な補強用の梁(はり)を追加する工事を丁寧に行いました。
ミリ単位の精密な計算のもと、外観の美しさを損なうことなく、冷房の重さに耐えられる強靭な骨組みへと生まれ変わらせたのです。
これだけでも気の遠くなるような職人技ですが、挑戦はこれだけではありませんでした。
さらに大きな壁となったのが、最新のVVVFインバータ制御装置の搭載です。
VVVFとは、電車のモーターをコンピューターで精密にコントロールし、驚異的な省エネを実現する、当時の最先端技術。
1960年代のアナログな車体に、1980年代のデジタルなハイテク機器を詰め込むのですから、当然、一筋縄ではいきません。
車体中の配線をすべてゼロから引き直し、最新のコンピューター機器が発するノイズが他の電気系統に悪影響を及ぼさないよう、徹底的なシールド対策が施されました。
台車も、乗り心地が良くてメンテナンスがしやすい最新のエアサスペンション台車(TS-807系)へと一新。
こうして、1987年から1991年にかけて、計56両もの初代7000系が、新造車並みの性能を持つ「東急7700系」へと、奇跡の若返りを遂げたのです!
これって、例えるなら、クラシックカーの外見のまま、エンジンを最新のハイブリッドシステムに載せ替えたようなものですよね!
技術者たちの「ものづくりへの執念」と「エコロジー精神」が、このあり得ない大改造を成功させたんですよ。
下町の足として愛され、現場を支えた「歌舞伎」の愛称
1987年8月1日、生まれ変わった東急7700系は、ついに営業運転を開始しました。
導入されたのは、目蒲線(現在の東急多摩川線・目黒線の一部)や池上線です。
それまでクーラーのない古い電車に揺られていた沿線の乗客の皆さんは、突然現れた快適な冷房車に大喜び!
「この銀色の電車は涼しくて静かだし、乗り心地も最高だね!」と、あっという間に沿線の人気者になりました。
しかし、現場の運転士さんや整備士さんたちは、最初はちょっとした「カルチャーショック」を受けていたようです。
それまでの古い電車は、運転士さんの直感や「レバーを引いたときの感覚」で動かす、泥臭い職人世界のものでした。
しかし、7700系はコンピューター制御。
ブレーキをかけると、モーターを発電機にして電気を架線に戻す「回生ブレーキ」が強力に働き、独特のブレーキフィーリングがありました。
「最初はブレーキの効き具合を掴むのにコツがいったけれど、慣れるとこんなに運転しやすくて頼もしい相棒はいないよ」と、当時の運転士さんたちは語っています。
また、整備士さんたちにとっても、最新の電子機器と昭和の車体構造が同居する7700系は、まるで立体パズルのような存在でした。
それでも、長年培った技術と愛情で、このハイブリッドな車両を毎日ピカピカに整備し続けました。
そのおかげで、大きなトラブルを起こすこともなく、毎日正確に下町の乗客を運び続けたのです。
そんな7700系に、ある時、ユニークなビジュアルチェンジが行われました。
東急線の主力車両となった際、前面に太い赤帯と黒い帯を配した、通称「歌舞伎塗装」と呼ばれるデザインの車両が登場したのです!
まるで日本の伝統芸能である歌舞伎の「隈取(くまどり)」のように見えることから、沿線の子どもたちや鉄道ファンから「歌舞伎電車」として大人気になりました。
「今日は歌舞伎の電車に乗れるかな?」
そんな風に、日々の通勤・通学をちょっとワクワクさせてくれる存在だったんですね。
東急線から地方へ!終わらない「奇跡の長寿」ストーリー
東急線での大活躍を続け、気がつけば元々の車体が製造されてから「50年以上」という半世紀もの年月が経過していました。
通常、鉄道車両の寿命は30年から40年程度とされていますから、50年を超えて東京の第一線で走り続けるなんて、本当に驚きですよね!
それもこれも、東急の頑丈なオールステンレス車体と、技術者たちの丁寧なメンテナンスの賜物です。
しかし、どんな名車にも、いつかは世代交代の時期がやってきます。
2010年代後半に入ると、池上線や東急多摩川線にも、よりバリアフリーに対応し、最新設備を整えた後継車両が導入されることになりました。
そして、2018年度をもって、東急7700系はついに東急線での営業運転をすべて終了し、完全に引退することとなったのです。
「ついに、あの慣れ親しんだ銀色の電車がスクラップになって消えてしまうのか……」
多くの人々がそう涙し、別れを惜しみました。
ところが!
この物語には、誰もが予想しなかった「ハッピーで驚くべき続き」があったんですよ!
なんと、三重県と岐阜県を走るローカル線「養老鉄道」さんが、この東急7700系を第2の人生(車体としては第3の人生ですね!)の相棒として、まとめて引き受けることを発表したのです!
養老鉄道の担当者さんはこう語りました。
「東急さんの7700系は、車体がステンレスで非常に頑丈、しかも中身はVVVF制御で省エネ。我が社のこれからの30年を支えるのに、これ以上素晴らしい車両はありません!」
なんと、東急線から引退した時点で、すでに50年以上走っていた車両が、さらに「これから30年走る」ことを期待されてスカウトされたのです!
これって、信じられないほどの快挙だと思いませんか?
2019年から、養老鉄道で新たな活躍を始めた7700系。
現地では、東急時代の懐かしい赤帯姿だけでなく、昔の近鉄線時代の懐かしい「ラビットカー」のデザインに塗り替えられたり、緑色の歌舞伎デザインになったりと、東急時代以上にカラフルで楽しい姿を見せてくれています。
東京の下町を支えた「良いものを長く大切に使う」という技術者たちの魂は、今も遠く離れた岐阜や三重の地で、元気に生き続けているんですよ!
あなたの机の上で蘇る、あの頃の銀色のヒーロー
日本初のオールステンレスの技術を今に伝え、大改造によって奇跡の若返りを果たした東急7700系。
そのドラマチックな一生を知ると、あの凛々しくも愛らしい銀色の姿が、無性に愛おしく思えてきませんか?
「もう一度、あの頃の東急線の雰囲気を手元で味わいたい!」
「自分の部屋の線路で、歌舞伎電車を走らせてみたい!」
そんなあなたにオススメなのが、鉄道模型(Nゲージ)で再現する机の上の東急線です!
実は、鉄道模型メーカーの「グリーンマックス」や「マイクロエース」などから、東急7700系のNゲージ模型が非常に精密に再現されてリリースされています。
- コルゲートと呼ばれる、車体側面の細かな波模様
- 先頭車のどこかユーモラスで、キリッとした表情
- 特徴的な「歌舞伎塗装」の緻密な印刷
小さな車体の中に、当時の技術者たちがこだわったデザインがギュッと凝縮されていて、眺めているだけでもご飯が3杯は食べられそうなくらいの完成度なんですよ!
お部屋の小さなレールの上に7700系を置き、コントローラーをひねってゆっくりと走らせてみてください。
目を閉じれば、あの頃、池上線の静かな住宅街を、赤い帯をきらめかせながらトコトコと、でも力強く走っていた姿が鮮明に蘇ってきます。
現代の最新型電車にはない、技術者たちの泥臭い挑戦と情熱が詰まった東急7700系。
ぜひ、あなたの鉄道コレクションに、この「奇跡の長寿ランナー」を迎えて、あの熱い開発ドラマを自宅で語り継いでみませんか?