東武1720系「デラックスロマンスカー」の逸話:国鉄をねじ伏せた「日本一豪華な私鉄特急」の誕生秘話と技術者たちの執念

※車両画像はイメージです。実車両とは異なることがあります。

昭和30年代から平成の初めにかけて、東武鉄道の線路を颯爽と駆け抜けた、あの「お顔の平たい、ちょっとユーモラスで最高にカッコいい特急電車」を覚えていますか?

そうです!それこそが、かつて「日本一豪華な私鉄特急」と呼ばれ、多くの旅行者を魅了した東武1720系「デラックスロマンスカー」なんですよ。

当時は「デラ」という親しみやすい愛称で呼ばれ、浅草から日光・鬼怒川へと向かう観光客の憧れの的でした。

「一度はあの豪華なシートに座って日光へ旅をしてみたい!」と、夢を抱いた方も多かったのではないでしょうか?

実はこの車両、単に豪華なだけでなく、当時の東武鉄道の技術者たちが「プライド」と「執念」をかけて生み出した、血の滲むようなドラマの結晶だったのです!

ライバルである国鉄(現在のJR)との間で繰り広げられた、文字通りの激しい乗客獲得競争。
その裏側には、限界に挑み続けたものづくりの男たちの熱い物語が隠されていました。

この記事では、そんな東武1720系「デラックスロマンスカー」の魅力や開発秘話、そして今なお色褪せない価値を、たっぷりとフレンドリーにお届けします!

読めばきっと、あの懐かしい昭和の熱気と、技術者たちの情熱が目の前に蘇ってきますよ。
それではさっそく、当時の華麗な走りと、人々の記憶に深く刻まれた美しい姿を映像で振り返ってみましょう!

日光を巡る国鉄との「ガチンコ勝負」!なぜこれほど豪華な車両が必要だったのか?

東武1720系が誕生した背景には、大正時代から続く「日光観光」をめぐる東武と国鉄の激しい旅客争奪戦がありました。

日光は、世界遺産である東照宮や、美しい中禅寺湖などの豊かな自然に恵まれ、明治期から外国人観光客が数多く訪れる「国際観光地」だったのですね。

そのため、このルートは双方にとって「絶対に譲れない超一等地」だったのです。

戦後、東武鉄道は国鉄に先んじて特急列車を復活させ、1700系などの優秀な車両を投入して一歩リードしていました。

しかし、昭和34年(1959年)に事態は急変します!
なんと、ライバルの国鉄が日光線の電化を完成させ、最新鋭の準急型電車「国鉄157系(日光型)」を投入してきたのです!

この157系は、準急用でありながら当時の特急並みの快適な設備を誇り、東京や新宿といった大ターミナルから日光までをダイレクトかつ高速で結び始めました。

これには東武の上層部も大慌て!
「このままでは、大切なお客さまをすべて国鉄に奪われてしまう…!」と、強い危機感を抱いたのですね。

そこで、東武鉄道が下した決断は、極めてシンプルかつ大胆なものでした。
「国鉄の特急よりも遥かに豪華で、遥かに速く、誰もが乗りたくなる唯一無二の特急を作ろう!」

このスローガンのもと、東武の威信と未来をかけた新型特急の開発プロジェクトがスタートしたのです。

こうして、国鉄をねじ伏せるための秘密兵器として産声を上げたのが、東武1720系「デラックスロマンスカー」だったわけですね!

技術者たちの挑戦!「常識破り」の設計に隠された「なぜ?」

なぜ「全電動車MMユニット方式」という贅沢な設計を選んだのか?

国鉄に勝つためには、何よりも「スピード」と「極上の乗り心地」を両立させなければなりませんでした。

しかし、東武日光線には、山岳地帯特有の急カーブや、30パーミル(1000メートル進む間に30メートル登る)という急勾配が連続する厳しい区間があります。

重い車両をスムーズに走らせ、かつ山を登り降りする際のお客さまへの衝撃をゼロに近づけるのは、当時の技術では至難の業だったんですよ。

そこで技術者たちが導き出した答えが、なんと、6両編成のすべての車両にモーターを搭載する「全電動車MMユニット方式」でした!

※ここでちょっと専門用語の補足です!
「全電動車(ぜんでんどうしゃ)」とは、モーターのついていない引っ張られるだけの車(付随車)を一切使わず、すべての車両に強力なモーターを載せるシステムのことです。

これによって抜群のパワーが生まれ、急坂もまるで平地のようにグイグイと登っていくことができるのですね!

さらに、電気を効率よく使うために2両の電動車を1つのペアとして機能させる「MMユニット」という仕組みを採用しました。

これほど贅沢でコストのかかる構成は、当時の私鉄特急としては極めて異例のことで、技術者たちの「絶対に国鉄に負けない!」という強い執念が伝わってきますよね。

最高速度110km/hを支えた、目に見えないハイテク技術

スピード面では、当時としては最先端の「中空軸平行カルダン駆動」という、モーターの振動が車体に伝わりにくい駆動方式が採用されました。

これにより、モーターの唸り声を最小限に抑えながら、滑るように加速していく静粛性を手に入れたのです。

さらに、山を下る際にも急ブレーキによる不快な揺れを防ぐため、電気の力を利用して速度を抑える「抑速ブレーキ」を完備しました。

これにより、最高速度110km/hでの超高速運転を行いながら、乗客にはまるでリビングにいるかのような「極上の静けさと安定感」を提供することができたのですね!

誰もが釘付けになった、あの独特な「ボンネット型」デザインの秘密

1720系の外観で最も特徴的なのが、ニョキッと前に突き出たあの「ボンネット」ですよね!

実は、当時の鉄道界では、国鉄の151系「こだま型」がボンネット特急として大ブームを巻き起こしていました。

東武のデザイナーたちもその影響を強く受けたことは間違いありませんが、彼らは単なる模倣を良しとしませんでした。

「東武のフラッグシップとして、一目でそれと分かる独自の風格を持たせたい!」と、何度もデザインの修正を重ねたそうです。

こうして完成したのが、四角い大きなヘッドライトと、どこかヨーロッパの高級外車を思わせる、重厚でクラシカルなフロントマスクでした。

このボンネットの中には、万が一の衝突事故の際に乗客と乗務員を守る「衝撃吸収構造」としての役割のほか、大型の冷房装置や電気機器がぎっしりと詰め込まれていたんですよ。

デザイン性と安全機能、そしてメカニカルな合理性が美しく融合した、まさに昭和を代表する傑作デザインと言えるのではないでしょうか?

足を踏み入れたらそこは別世界!「日本一豪華」と言わしめた驚きの車内設備

大柄な外国人観光客も大満足!国鉄グリーン車を超えたシートピッチ

さあ、いよいよ客室の中に足を踏み入れてみましょう!

車内に一歩入ると、そこには当時の一般の乗客が目を見張るような、まばゆいばかりの豪華空間が広がっていました。

シートはすべて、当時の国鉄特急の一等車(現在のグリーン車)と同等、あるいはそれ以上とされる、ふかふかのリクライニングシートがずらりと並んでいました。

もちろん、足元には旅の疲れを癒やす「フットレスト(足置き台)」も全員分用意されていたんですよ。

そして驚くべきは、前後の座席の間隔を示す「シートピッチ」です!

なんと、約1,100mmという、当時の国鉄グリーン車をも凌ぐ驚異的な広さを確保していました。

これほど広くした理由は、国際観光地・日光へ向かう「体格の大きな外国人観光客」が、足を伸ばしてゆったりとくつろげるように、という開発者たちの細やかな配慮からだったのですね。

さらに、当時としては非常に先進的だった「全車冷房」をいち早く完備し、窓をすべて大きな「固定密閉窓」にすることで、外の騒音をシャットアウトしながら、絵画のように美しい日光の車窓を楽しめるようにしたのです。

夢の「サロン特急」を演出した、ジュークボックスとサロンルーム

1720系を語る上で、絶対に外せない伝説の設備があります。

それこそが、3号車に設けられていた、8脚の回転椅子を備えた「サロン室(フリースペース)」です!

「電車のなかにサロンがあるなんて、まるで映画の世界みたい!」と、当時の乗客たちはこぞってこの部屋を訪れました。

さらに、そのサロン室の中央には、お洒落な「ジュークボックス」が置かれていたんですよ!

コインを入れると、レコードが自動でセットされ、車内に軽快な音楽が流れ出す……。
お気に入りの流行歌やクラシックを聴きながら、車窓を流れる景色を眺める時間は、乗客にとって何物にも代えがたい「憧れのひととき」でした。

鉄道雑誌などでも長年、「日本の特急でサロン室があるのは東武だけ」とロマンたっぷりに紹介され、東武特急のステータスを不動のものにしました。

まるで走るカフェテリア!ビュッフェと「マジックドア」の衝撃

旅の楽しみといえば、美味しいグルメですよね!

1720系には、6両編成の中に2箇所(2号車と5号車)もの「ビュッフェ(軽食カウンター)」が設置されていました。

ここでは冷たいお飲み物やサンドイッチなどの軽食が用意され、乗客のお腹と心を満たしていました。

さらに、当時の人々を驚かせたのが、車両同士をつなぐ通路の扉に採用された、日本初の自動ドア「マジックドア」です!

※マジックドアの豆知識!
当時はまだ、街中のお店でも自動ドアが珍しかった時代です。

これは「光電管(こうでんかん)式」と呼ばれるセンサー技術を使った自動ドアで、乗客が扉に近づいて光線を遮ると、まるで魔法(マジック)のようにスッと扉が開いたことからその名がつきました。

子どもたちが面白がって、用もないのに扉の前を行ったり来たりして遊んでいた、なんて微笑ましいエピソードも残されているんですよ。

現場のプライドと「スチュワーデス」さんたちの奮闘記

これほどまでに豪華な「ハードウェア」を、さらに輝かせたのは、現場で働くスタッフたちの「おもてなしの心(ソフトウェア)」でした。

デラックスロマンスカーには、厳しい選考と特別な研修をクリアした、専属の女性アテンダント(当時は「スチュワーデス」と呼ばれていました)が乗務していました。

彼女たちの制服は非常に洗練されており、当時の若い女性たちにとって憧れの職業だったのですね。

スチュワーデスさんたちの仕事は、単なる車内販売に留まりませんでした。
外国人観光客を笑顔で迎えるため、徹底した「英会話のトレーニング」を受け、車内アナウンスも日本語と英語の2カ国語を完璧にこなしていたんですよ!

さらに、乗客が自分の座席からシートポケットにあるメニューで注文すると、スチュワーデスさんがビュッフェから出来立ての紅茶やコーヒー、サンドイッチを席まで運んでくれる「シートサービス」も行っていました。
揺れる特急列車の車内で、一滴の飲み物もこぼさずに、優雅な笑顔でお客さまにサーブする……。
それはまさに、プロフェッショナルとしてのプライドがなせる技でした。

運転士さんたちもまた、「東武の顔を運転している」という強い誇りを持ってハンドルを握っていました。
急勾配やカーブの多い過酷な日光線で、いかに乗客にブレーキのショックを感じさせず、お冷の入ったグラスの水を揺らさずに走らせるか。

技術者が妥協なく作り上げた高性能な車体と、運転士たちの神業のようなテクニックが合わさることで、デラックスロマンスカーはまさに「無敵の特急」となったのです。

この徹底したこだわりが実を結び、東武の特急「けごん」「きぬ」は、ライバルであった国鉄の157系を圧倒することになります。

やがて国鉄は乗客争奪戦に白旗を上げ、日光線の特急運行を大幅に縮小、ついには事実上の撤退へと追い込まれました。
私鉄がその「おもてなし」と「技術」の力で、巨大な国鉄に完全勝利を収めた瞬間でした!

31年の栄光と引退、そして今も受け継がれる「DRC」のDNA

1960年の華麗なデビューから31年。
東武1720系「デラックスロマンスカー」は、昭和から平成の初めにかけて、東武鉄道の絶対的な女王として走り続けました。

昭和天皇をはじめとする皇族方がご利用になる「お召し列車」としても何度も起用され、その高貴な風格はまさに日本を代表する列車にふさわしいものでした。

しかし、1990年にバブル期の最新技術とさらなる豪華さを詰め込んだ後継車、100系「スペーシア」が登場すると、時代の波にバトンを渡すように、1991年に惜しまれつつもすべての定期運行を終了しました。

ラストランの際には、沿線に数え切れないほどのファンや地域住民が集まり、涙ながらに「ありがとう、デラ!」と手を振って見送ったとされています。

でも、安心してください!
あの「デラ」が築き上げた、贅沢な旅のDNAは、今も確実に受け継がれているんですよ。

現在、東武日光線を走る「スペーシア」のコンパートメント(個室)や、最新のフラッグシップ特急「スペーシア X」に設けられた、贅沢なコックピットラウンジやカフェカウンターの思想。

これらはすべて、1720系が日本の鉄道界に提案した「走るサロン」「五感で楽しむ旅の空間」というコンセプトが源流になっているのです!

さらに嬉しいことに、現在でも私たちは、あの輝かしい実車に直接会いに行くことができるんです!

  • 東武博物館(東京都墨田区):記念すべき第1号編成(1721F)の浅草方先頭車「モハ1721」の先頭部(カットモデル)が展示されており、トレードマークのボンネットを間近で見学できます。 ≫≫東武博物館
  • 岩槻城址公園(埼玉県さいたま市):同じ1721F編成の日光方先頭車「モハ1726」が、なんと「一両まるごと」美しい状態で保存されています!土日や祝日には車内が公開されることもあり、当時のレトロな雰囲気を肌で感じることができる貴重なスポットとなっています。 ≫≫岩槻城址公園

今度の週末に、かつて多くの人が憧れた「昭和の女王」に会いに行ってみるのも、素敵な旅のプランではないでしょうか?

机の上で「あの黄金期」を再現!模型で楽しむデラックスロマンスカー

ここまで記事を読んで、すっかりデラックスロマンスカーの熱い歴史に魅了されてしまったのではないですか?

「あの美しい流線型のボンネットボディを、手元でじっくり眺めてみたい!」
「我が家の鉄道で、あの懐かしい日光特急のデッドヒートを再現してみたい!」

そんなあなたにぜひおすすめしたいのが、鉄道模型(Nゲージや16番ゲージ)の世界です!

実は、東武1720系は、その人気の高さから多くの模型メーカー(U-TRAINSさんや、マイクロエースさんなど)からハイクオリティなモデルとしてリリースされているんですよ。

特に精密なブラスモデル(真鍮製模型)や、細部まで徹底的にリファインされた記念モデルなどは、実車の重厚な質感を驚くほど忠実に再現しています。

特徴的な四角いヘッドライトや、窓からちらりと見えるサロン室の回転椅子まで、指先サイズの中に凝縮された職人技には、ため息が出るほど見惚れてしまいます。

お部屋の照明を少し落とし、机の上に線路を敷いて、お気に入りの昭和の流行歌(ジュークボックスから流れていたあの名曲!)を静かに流しながら、ミニチュアの「デラ」を走らせてみる……。

それは、大人だけに許された、最高に贅沢でロマンチックな時間の過ごし方ではないでしょうか?

ぜひ、あなただけの「手のひらの上の東武日光線」を開業して、あの技術者たちの執念と、昭和の特急黄金期のロマンに、そっと思いを馳せてみてくださいね!

≫≫≫鉄道模型の高価買取り
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