JR185系の逸話:特急と通勤を両立させた「昭和の名車」開発の裏に隠された技術者たちの挑戦と葛藤

※車両画像はイメージです。実車両とは異なることがあります。

JR185系の逸話:特急と通勤を両立させた「昭和の名車」開発の裏に隠された技術者たちの挑戦と葛藤

朝の通勤ラッシュで超満員のホームに、突如として現れた白いボディに緑の斜めストライプ。

「えっ、これに普通運賃だけで乗っていいの!?」と目を丸くした、かつてのサラリーマンや学生さんも多かったのではないでしょうか?

そう、今回スポットを当てるのは、昭和・平成・令和の3つの時代を駆け抜け、多くの人々に愛された伝説の車両「JR185系」です!

国鉄最後の新製特急形電車として生まれながら、特急としても通勤電車としても使えるという、当時としては前代未聞のコンセプトで開発されたこの車両。

実は、その誕生の裏には、当時の国鉄が直面していた深刻な経営難と、現場の技術者さんたちによる涙ぐましい知恵と工夫のドラマが隠されていたんですよ。

この記事では、185系がたどった波瀾万丈の歴史や開発の裏話、そして今なお臨時列車として走り続ける現在の姿まで、その魅力を余すことなくお届けします!

読めばきっと、あの懐かしいモーター音が頭の中で響き渡り、今すぐ旅に出たくなるはずです。
それでは、昭和の熱い時代へと出発進行しましょう!

まずは、当時の懐かしい風を感じられる映像から、彼らの勇姿を振り返ってみましょう!

激動の昭和50年代!なぜ「二刀流」の特急が必要だったのか?

急行形「153系」の老朽化と東海道線の過密ダイヤ

185系が誕生した1981年(昭和56年)ごろ、日本の鉄道は大きな転換期を迎えていました。

当時、東京と伊豆を結ぶ東海道本線の急行「伊豆」などで活躍していたのは、急行形電車の「153系」という車両だったんです。

しかし、この153系は1950年代に登場した車両で、長年の激務によって老朽化がかなり進んでいました。

冷房設備がない車両も多く、乗り心地の面でも、新しい時代の乗客のニーズに追いつかなくなっていたんですね。

「早く新しい車両に置き換えてほしい!」という声は、日増しに高まっていました。
しかし、当時の国鉄には、簡単に新しい特急形電車を大量に導入できるような予算はありませんでした。

なんと、当時の国鉄は巨額の累積債務を抱えており、経営はまさに火の車だったのです!

こうした危機的な財政状況の中で、「限られた予算で、いかに効率よく新しい車両を導入するか」という難題が突きつけられました。

そこで浮上したのが、朝夕のラッシュ時には「普通列車(通勤用)」として使い、昼間は「特急列車」として走らせるという、驚きの「一石二鳥プラン」だったのです!

「特急」と「通勤」の狭間で揺れる国鉄の苦肉の策

しかし、このプランは当時の鉄道界の常識からすれば、あまりにも無謀な挑戦でした。

それもそのはず、特急形電車といえば、静かで快適なリクライニングシートを備え、乗降口(デッキ)を狭くしてプライベート感を重視するのが普通ですよね。

一方で、通勤用電車は、たくさんの乗客が一度に乗り降りできるように、広いドアを多く配置し、座席も詰め込みが効くように設計されます。

この「真逆の性質」を持つ2つの仕様を1つの車両にまとめるなんて、本当に可能なのでしょうか?
普通に考えれば、どちらつかずの中途半端な車両になってしまいそうですよね。

実際、社内でも「そんな車両、特急料金をもらう特急としてふさわしくない!」という大反対の意見が続出したそうです。

しかし、背に腹は代えられない国鉄は、この無謀とも思えるプロジェクトを強行することに決めました。

こうして、のちに「異端児」と呼ばれることになる185系の開発がスタートしたのです!

関西の傑作「117系」から受け継がれた設計のDNA

まったく新しい車両をゼロから開発する時間も予算もない中、技術者さんたちが目をつけたのが、関西地区で大活躍していた「117系電車」でした。

117系は、京阪神地区の「新快速」用として開発され、転換クロスシートを備えた非常に質の高い近郊形電車として人気を博していたんですよ。

「この117系の優れた設計をベースにすれば、東京仕様の新しい二刀流車両ができるはずだ!」

技術者さんたちは、117系の足回りや車体構造を基本に置きながら、東海道線の過酷な通勤ラッシュと、優雅な特急旅行を両立させるためのアレンジを加えていきました。

これこそが、185系の設計思想の根幹となったのです!

中途半端を美学に変えた!技術者たちの執念の開発ドラマ

窓が開く特急電車!?異例の設計に隠された「乗客への想い」

185系の設計で、最もユニークであり、かつ大きな議論を呼んだのが、なんと「客室の窓が開くこと」でした!

当時の特急といえば、冷暖房が完備され、窓は完全に固定された「はめ殺し」窓が当たり前。
そんな中で、あえて窓が開閉できる構造にしたのはなぜでしょうか?

その最大の理由は、この車両が「普通列車」としても運用されることを想定していたからです。

普通列車として多くの乗客が乗る際、もし万が一エアコンが故障してしまったら、車内はサウナ状態になってしまいますよね。

当時の国鉄では、普通列車の乗客の安全と快適性を考慮して、いざという時に換気ができる窓が必要だと判断されたのです。

さらに、伊豆へ向かう観光客の方々が「窓を開けて、心地よい海の風を感じながら旅を楽しんでほしい」という、粋な願いも込められていました。

しかし、窓が開くということは、高速走行時の「騒音」や「気密性の低下」というデメリットも引き受けなければなりません。

技術者さんたちは、窓の隙間から風や音が入らないよう、シール材の配置やサッシの精度を極限まで高める工夫を凝らしました。

特急の静粛性と、窓が開く自由さを両立させるための、地道な努力が続けられたのですね!

俊足の加速性能!歯車比「4.82」がもたらした通勤電車の実力

特急形電車といえば、高い最高速度で長距離を走り抜けるため、通常はスピードが出やすいギヤ比(歯車比)に設定されます。

しかし、185系の歯車比は、近郊形電車や急行形電車と同じ「4.82」という数値が採用されました。
これ、実は特急形としては異例の、かなり加速重視の設定なんですよ!

なぜこの数値になったかというと、通勤時間帯に普通列車として走る際、駅の間隔が短い区間でも、テキパキと加減速を繰り返す必要があったからです。

駅に停まるたびにダラダラと加速していては、超過密な東海道線のダイヤを維持することはできませんからね。

この「4.82」という歯車比のおかげで、185系は特急としては抜群の加速力を発揮し、通勤ラッシュ時にも他の通勤電車と変わらない機敏な走りを披露することができたのです!

足回りには、長年の実績があり信頼性の高かった「CS43A」主制御器や、重厚な音を響かせる「MT54型」モーターが採用されました。

信頼できる技術を組み合わせ、過酷な運用に耐えるタフな仕様を作り上げたのです。

耐寒耐雪と横軽対策!北へ挑んだ「200番台」の誕生秘話

185系のデビュー当初、東海道線向けの「0番台」が注目を集めましたが、実はその翌年、さらに過酷なルートに挑むグループが登場しました。

それが、高崎線や上越線、そして信越本線向けに開発された「200番台」です!
北関東や信州の厳しい冬を乗り越えるため、車体には徹底した耐寒耐雪構造が施されました。

さらに驚くべきは、当時の鉄道の最大の難所であった碓氷峠(横川~軽井沢間)を越えるための「横軽(よこかる)対策」が施されていたことです!

急勾配を安全に上り下りするため、EF63形電気機関車と連結して協調運転ができる特別な装置が搭載されました。
これにより、185系は南の暖かい伊豆の海から、北の白い雪国まで、日本のどこでも走れる万能な足腰を手に入れたのです!

現場と乗客が織りなす!185系をめぐる「愛と情熱」のエピソード

東北新幹線を支えた「新幹線リレー号」の獅子奮迅の活躍

185系200番台がデビューして最初に任された大仕事、みなさんは覚えていますか?

それは、1982年(昭和57年)に暫定開業した東北・上越新幹線をサポートする「新幹線リレー号」としての役割でした!

当時は新幹線が上野駅まで乗り入れておらず、大宮駅が始発・終着駅だったため、上野〜大宮間をノンストップで結ぶ連絡列車が必要だったのです。

ここで185系が大抜擢され、毎日多くの新幹線利用客を乗せて、大宮駅と上野駅の間をピストン輸送しました。

まさに、日本の大動脈である新幹線を陰で支え続けた、名脇役としての活躍だったんですね!

当時の乗客からは、「新幹線と同じくらい快適に移動できる!」と大好評で、185系の信頼性を一気に高めるきっかけとなりました。

伊豆の風を運んだ「踊り子」と通勤ラッシュを救った「湘南ライナー」

新幹線のリレー役を終えた185系は、いよいよその本領を発揮し始めます。

東海道本線で、東京と伊豆急下田・修善寺を結ぶ特急「踊り子」としての運用が本格化したのです!
白地に緑の斜めストライプという、それまでの国鉄の常識を覆すファッショナブルなデザインは、伊豆の明るい太陽や海と見事にマッチし、一躍人気者となりました。

一方で、185系はサラリーマンの心強い味方でもありました。

夕方の帰宅ラッシュ時に、ワンコイン程度の乗車整理券(ライナー券)を支払えば、必ず座って帰れる「湘南ライナー」としての運用がスタートしたのです!

「満員電車で押し潰されそうになりながら帰る毎日から解放される!」
と、多くの通勤客にとって、185系はまさに救世主のような存在でした。

朝夕はサラリーマンを乗せて激走し、昼間は観光客を乗せてのんびり伊豆を目指す。
まさに、開発当時の技術者たちが夢見た「二刀流」の使い方が、完全に現実のものとなった瞬間でした!

185系を愛した運転士さんたちの本音と「MT54型モーター」の爆音

これほど便利に使われた185系ですが、実は実際に運転していた運転士さんや、乗務していた車掌さんたちの間では、さまざまなドラマがあったようです。

乗務員さんたちにお話を聞くと、「非常にタフで信頼できる相棒だった」という声が本当に多く聞かれます。

過密ダイヤの中でも抜群の加速力で遅れを取り戻し、ブレーキの利きも良く、運転しやすい車両だったそうですよ。

一方で、車内ではあの懐かしい「MT54型モーター」の豪快な唸り音が響き渡っていました。

現代の静かなインバータ制御の電車に比べると、「うるさいけれど、それがいい!」というファンが非常に多かったのも面白いところですよね。

走行中にモーターの音がグォォォンと高まっていくあの感覚は、鉄道好きにはたまらない魅力でした。

まさに「生きている機械」を操っているという実感を、運転士さんも乗客も共有していたのではないでしょうか?

定期運用は終了したけれど、今なお輝き続ける「最後のレジェンド」

静かなる引退から、驚きの「臨時特急」としての復活

時代の波には勝てず、2021年(令和3年)3月12日、185系は惜しまれつつ「踊り子」や「湘南ライナー」などの定期運用から完全に離脱しました。

当日の駅ホームには、最後の雄姿を見届けようと、本当に多くのファンが駆けつけ、涙を流す姿も見られました。

「これで国鉄型の特急電車も、ついに見納めか……」と、誰もが寂しい気持ちになりましたよね。

ところが!
驚くべきことに、185系は完全には引退していなかったのです!

実は、JR東日本は一部の車両をそのまま大切に維持し、2024年の現在でも、週末や観光シーズンを中心に「臨時特急」や団体専用列車として運行を続けているんですよ!

今や、JR東日本の線路上を走る唯一無二の国鉄型特急電車として、その存在価値は高まるばかり。

不定期ではありますが、今でもあの白い車体に緑のストライプが、私たちの前に元気に姿を現してくれます。

乗車チケットは発売されるたびに即完売するほどの人気ぶりで、今や最も乗りたい激レア車両の一つとなっています!

気動車「キハ185系」との違いをおさらい!

ここで、鉄道ファンの方の間でときどき話題になる、ちょっとした混同しやすいポイントをおさらいしておきましょう!
同じ「185系」という名前を持つ車両に、JR四国やJR九州で活躍している「キハ185系気動車」があります。

こちらは1986年に登場した、ステンレス車体のディーゼル特急車で、まったく異なる形式なんですよ。

  • 国鉄185系電車:関東を中心に活躍する直流電車。白い車体に緑の斜めストライプが特徴。
  • キハ185系気動車:四国や九州で活躍するディーゼルカー。ステンレスボディが特徴。

「185系に乗ってきたよ!」とSNSなどで報告するときは、こちらの違いを意識しておくと、より鉄道通として一目置かれるかもしれませんね!

185系のDNAをいつでも手元に!模型とゆかりの地で楽しむノスタルジー

Nゲージで自宅に再現する「昭和から令和への架け橋」

さて、ここまで185系の熱いドラマを振り返ってきましたが、いかがでしたでしょうか?
「またあの姿を見たいけれど、臨時列車はなかなか予約が取れない……」

そんなあなたにぜひおすすめしたいのが、鉄道模型(Nゲージ)で、あなただけの「185系ワールド」をご自宅の机の上に再現することです!

鉄道模型の世界では、185系は非常に高い人気を誇る定番アイテムなんですよ。

各模型メーカーから、デビュー当時の「緑の斜めストライプ」はもちろん、リニューアル後の「エクスプレス塗装」や「湘南色」など、さまざまなバリエーションが非常にリアルにモデル化されています。

手元で185系を眺めながら、当時の時刻表をめくったり、お気に入りの音楽を聴いたりする時間は、大人の最高のホビーと言えるでしょう。

特にお勧めしたいのが、以下のステップで楽しむ「185系模型ライフ」です!

  1. まずは基本編成を手に入れる:斜めストライプの基本10両セットで、「特急踊り子」の全盛期を再現!
  2. 連結運転に挑戦する:実車さながらに、5両の付属編成を連結して、圧巻の15両編成を机の上で走らせる!
  3. お部屋を暗くしてライトアップ:室内灯を取り付けて、夜間走行する「湘南ライナー」の哀愁漂う雰囲気を再現!

机の上でライトを輝かせながら走る185系を見ていると、まるで昭和のあの日にタイムスリップしたかのような、贅沢な時間を過ごすことができますよ。

あなたの鉄道模型コレクションの中に、国鉄最後の名車をぜひ仲間入りさせてみませんか?

185系の思い出を語り継ぐために

1981年の誕生から40年以上にわたり、過酷な二刀流の任務をこなし、今なお臨時列車として走り続けるJR185系。
これほどまでに長く、そして多くの人々に愛され続けたのは、やはり開発に携わった技術者さんたちの熱い想いと、現場を守り続けた鉄道員さんたちの愛情があったからに他なりません。

次に185系の姿を見かけたとき、あるいは模型を手に入れたときは、ぜひその裏にある「昭和の技術者たちのドラマ」に想いを馳せてみてください。
この記事を読んで、あなたの鉄道ライフがより一層豊かなものになれば、これほど嬉しいことはありません!

それでは、また次回の「失われし車両の『なぜ?』と、語り継ぐ開発秘話」でお会いしましょう!
楽しい鉄道旅を、いってらっしゃい!

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